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いつの日か

ツワブキのつややかな葉が揺れている。
池の魚に餌をやる男の後姿は何故か小さくしぼんでいるようだ…
夏の夕暮れ。
江戸の両替屋行司今津屋吉右衛門が縁側で肩を落としているのだ。

内儀お艶の里帰りの願いは吉右衛門にとって突然の申し出だった。
「それではまるで、おまえ様が療養に行くようではありませんか」
ため息を零す横顔に呆れたような口調。
けれど表情は柔らかなお艶がそばに寄り添う。

身体があまり丈夫でないお艶は奥でひっそりと過ごすことが多かった。
嫁いで十余年、そのせいか子供が出来ないことを負い目に感じてもいるのだろう。
このところ体調も思わしくなく塞ぎ込むことが多くなっていたため、相州伊勢原の実家へしばらく戻って療養することになったのだ。
普段おっとりとして物腰も柔らかく、強く物を言うことのないお艶の決意に押し切られて、吉右衛門も同行しての里帰り。
病人を連れての旅のため、用心棒として磐音、お艶の付き添いにおこんも伴うことになっていた。

雲が流れる。
「楽しみです、明日が」
澄んだ目で夕焼けに染まりゆく茜の空を見上げるお艶の声は、ただ明るかった。


陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~

最終話 『いつの日か』




翌早朝、仕度を整えた四人が今津屋の玄関先に立っていた。
菅笠と荷を背に負い、杖を手にした旅支度。
磐音は納めの木太刀を抱えている。

奉公人総出の見送り。
表に立つことは少なくても、今津屋吉右衛門を支えてきた内儀を慕っている皆の心は一つだ。
「お艶さま、一日も早いお帰りをお待ち申しております」
いつもの落ち着き払った今津屋番頭とは思えない小さく震える声。
その由蔵の目に光るものがある。
「由蔵、世話になりました」
「みなも元気で」

今津屋の店構えを、両替商の暖簾を懐かしげにいっとき目に留め立ち尽くすお艶。
その後ろ姿はほっそりとしてどこか儚げでさえあった。



お艶の駕籠を先頭に三人は徒歩で東海道をゆっくりと進み、二子の渡しを小船で渡った。
一夜目は溝ノ口宿に泊まり翌日は相模川を目指す。
緑滴る田園風景を眺めながら一行はのんびりと歩を進めていた。

風が清々しく、とんびの澄んだ声が空高くから響いてくる。
駕籠に揺られながら景色を楽しげに眺めるお艶の顔も明るい。
付き従うおこんと磐音にも旅を楽しむ余裕が生まれていた。
「このようにのんびりとした旅は初めてです」
「いつも何かに追われるように、旅をして参った」
「ご家中のことや奈緒様のこと。色々ありましたもんね、坂崎さんには」


途中、道沿いの小さな茶屋で休憩をとった一行は今晩泊まる宿の相談をしている。
「お天道様とお内儀どのの様子次第では早めに宿をとった方がいいでしょう」
「私はだんだん気分が晴れやかになって参りました。早く相模川から大山を眺めとうございます」
無理はいけないと心配するおこんに向ける晴々とした笑顔。
無邪気に微笑む様子は塞ぎ込んでいた近頃のお艶とは別人のようで、吉右衛門も安堵した目でその横顔を見守っている。

心穏やかな道のり。


だがその時。
すぐそばを通り過ぎていく浪人の視線が、こちらへついと流れた事に磐音は気付いていた。
穏やかな旅もここまでなのか。

磐音の懸念通り、お艶の叔母の菩提寺に参った一行の前に、さきほどの浪人たちが行く手を阻むように現れた。
「江戸の両替商今津屋と奉公人だな」

磐音たちの素性を何故か知っている浪人たちは三人。
「武者修行中に路銀を切らしたので都合をつけろ」とまるで盗人のような言い草に呆れ果てるばかりだ。

「強請りたかりにいちいち金子を出していたのでは両替商は勤まりません」
きっぱりと撥ね付ける吉右衛門の言葉を合図に、丸腰の商人を襲い命を奪ってまでも金子を得ようとする男たちが抜き身を手にじりじりと迫る。

広くはない寺の境内。
前後を挟まれながらも、静かな怒りを目に宿して磐音は泰然と包平に手をかける。

背後の男と同時に前の浪人が斬り込んで来る。
受ける磐音は二人の刃の間を柔らかく舞うように、払い、流し、押さえ込んで移動する。
もう一人の男はただ見ているだけで闘いに加わろうとしないようだ。

「勝負はつき申した」

瞬く間に一人を転がし、もう一人の腕に傷を負わせた磐音だったが、闘いを見守っていたお艶が突然倒れてしまう。
おこんと吉右衛門の呼び掛けにも目を閉ざしたままのお艶の顔は透き通るように白かった。


寺の一室に運び込んで休ませていたお艶は夜になって意識を取り戻した。
「坂崎様のあまりのお強さに驚いただけですから」

「お内儀どの、お許しください」
詫びる磐音に、吉右衛門やおこんが頼りにするのがよくわかったと微笑む穏やかな顔。
だが、医師の訪れにその表情はこわばり…

お艶を良く知る梧陽医師の診立てでは、胃の腑にしこりがあると言う。
しこりは腫瘍とみられかなり大きいと。
「これまでにも吐き気や痛みを感じていたはずじゃ」
「この腫瘍を消す手立ては今の医学にはない」

「お艶の命どれほどと…」

「のんびりと過ごされれば一年か、あるいはもっと長いか」

思いがけず目の前に突き付けられた非情な事実がそこにある。
吉右衛門の言葉は震え、目を見開き立ち尽くしたまま。
医師の挨拶にこたえることも出来ず、よろめく様にその場に崩折れていた。

「私はなんと愚かな男なのでしょうか…」
「何も気付かなかった、お艶はただ子が出来ぬのを責めているとばかり…」
「何をしていたのだ!私は!」

磐音に吐露するような吉右衛門の呟きは、やがて己に向け激しい自責の怒りに変わり…
身体を丸め歯を食い縛り、膝を足を拳で打ち続けた。


吉右衛門の慟哭を見てしまったおこんに、磐音はお艶の病状を告げる。
「嘘です。そんなこと嘘です!嘘だって言ってください!」
「それがしも嘘であればいいと思う。だがこのこと、お内儀どのも以前から承知してのことらしい」

お艶の覚悟と、吉右衛門の苦しみ。
癒すことも助ける術もなく。
大切な人をいずれ失わなければならない。
受け止められない現実に心を乱すおこんを諭し磐音は優しく言うのだった。

「人には運命がある。そのさだめを受け止めて誰しも生きていかねばならないのです」

「嫌です」
「そんなさだめ、私嫌です!」

子供のような泣き顔を手で覆い、屈み込んでしまったおこんの背中を、何も言わずにただそうっと包み込むように磐音は抱いていた。


夜は更けていく。
時の流れは変わらない。

眠るお艶の手を取り見詰める吉右衛門。
零れる涙。
声もなく…



木漏れ日にきらめく晩夏の香り。
残り少ない命を昇華するように鳴く蝉の声。
緑陰が深い。

三日後、伊勢原宿子安村にあるお艶の兄、赤木儀佐衛門の家に運ばれたお艶は、大山詣でに行きたいと言い出して周囲の者を驚かせていた。

石尊大権現と雨降山大山寺は夏の二十日間だけ参拝が許される。
そして明日は初山なのだ。

病が治らないのであれば、せめて体力のある内に大山に登っておきたいと考えたのだろうと、儀佐衛門は言う。
不動堂まで男たちでおぶって行くつもりなのだと。
「今はお艶の好きなようにさせてやろうかと思っているのです」
「坂崎様、おこん、一緒に行ってくれますね」

吉右衛門の問いに即答したおこんに対し、磐音は何事か思案している。
屋敷から不動堂までの距離を尋ねた後、きっぱりと言ったその言葉。
「では、それがしがお内儀どのを背負って大山に登ります」

驚いて涙顔のまま磐音を見るおこん。
吉右衛門は仰天したのか目を見開くようにして首を振っている。
「何を言われます」
「あなた様は豊後関前国家老のご嫡男」
「お武家様が商家の女房を背負って大山参りなど聞いたこともありません」

だが、答える磐音はいつもの穏やかな笑みを湛え静かに言うのだ。
「今津屋どの、それがしは江戸は深川金兵衛長屋に住む浪人者でございますよ」

顔を手で覆い泣き出すまいとこらえるおこん。
磐音の前に手を付いて頭を下げる三人の目は涙に濡れている。



おこんから仔細を聞かされたお艶も覚悟を決めていた。
今の体調では苦しい道中になる。
しかし、この時を逃しては願いを叶える事は出来ないかもしれない。
「世話になりましょう」
「明日はどんなことがあっても登らなければいけませんね」



お艶の病状は、江戸の由蔵たちにも伝えられていた。
地蔵の親分から聞かされた金兵衛と柳次郎、長屋の住人たち。
誰もがただ手を合わせ祈るしかないのだった。



その夜更け。
屋敷の中、誰かを探しているおこんの前にどこからか帰ってきた磐音の姿がふいに現れる。

「どこに行ってたの?」
「腹が減りました。」
「散々探したのよ。どこ探してもいないんだもの」
「夕餉は?」

会話が噛み合っていない。
空腹を満たそうと、冷めた夕餉を前に磐音は他の事が頭に入ってこない様子だ。

心配していたおこんが何度も聞いてやっと聞き出した行き先…それは。
明日、お艶を背負って参拝する大山だった。

「知らぬ道より知っていた方が確かですから」
平然とそう言いのけた磐音は、夜の大山を登って参道を確かめてきたのだ。

「頭が濡れてるけど…」
「良弁滝という所で明日の無事を祈って身体を清めて来ました」
「流石に夜は誰もいません」
「おこんさん、明日はどんなことがあっても不動堂までお内儀どのを背負って行きます」

言いたいことは言ったとばかりの磐音は、茶碗を片手に呆けたように見つめるおこんに飯の催促をする。
「おこんさん茶碗を」
「いただきます」

手を合わせて無心に食べ始めた磐音はいつもの無邪気な表情で…


おこんはただ見詰めている。

目の前にいるのは、子供のような顔で食事をする男。
捨てて来た筈の藩のため身を粉にし命を晒す男。
誰かを助けるため自ら窮地に飛び込んでいく男。
そして、侍でありながら商家の内儀に背中を貸すのも厭わず、念の為にと夜の山道をひとり登ってくる男だった。

その清廉に今更ながら驚いておこんは呟くのだ。
「いいな… 坂崎さんって、いいな…」



翌日、大山詣での初山。

駕籠で一の鳥居に向かった今津屋一行は、大勢の白装束を纏った人々の中にいた。

広くはない道に駕籠が混じったのだ。
どうしても人の流れを塞ぐ形になってしまう。
「なんで駕籠なんぞ繰り出すんだよ!初山だぜ、ちったぁ考えろ!」
後ろから険しい声が飛ぶ。

「病人のたっての願いの初山でございます。お許しくださいませ」
吉右衛門が頭を下げると、駕籠を通すために道をあけてやれとまで言ってくれる。
「すまなかったなぁ。大山大権現はどんな病気でもたちどころに治してくれらぁ」
掛けられるのは温かい言葉。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」
名も知らぬ人々に何度も何度も頭を下げ繰り返し礼を言う男が、江戸の両替商を束ねる両替屋行事今津屋吉右衛門だと誰が知っていただろう。
大山は、参拝する者全てに等しく、厳しくも尊い。
駕籠の中、お艶の頬をひっそりと涙が伝う。
大山詣では始まったばかりだ。


一の鳥居に着いた一行は駕籠を捨て、お艶をおぶってより細く急な道を登ることになる。

「ここからが本当の大山登りだ、平気かい?」
「おまえ様、世話をかけますがお参りしとうございます」
きっぱりと答えるお艶は磐音の背に縋り、おこんが紐でしっかりと固定して登り坂に足を向けた。
「では、参ります」

参道の途中の滝で吉右衛門は身を清め病平癒を願う水垢離をとる。
「大山大聖 不動明王 石尊大権現、お艶をお助け下さいませ」
滝の水を手に掬い、お艶の肩にそっとかけてやる吉右衛門の目はどこまでも優しい。


シャラン、シャラン。
涼やかな音を響かせて杖を片手に磐音は登る。
白衣の人々の間を縫い、一歩一歩踏みしめる足元は力強く。
傍らにいて吉右衛門は周囲に声をかけ、おこんもお艶から目を離さずそばにぴったりと寄り添っている。

険しくなる山道。
磐音の額に汗が光る。
歯を食いしばり最後の階段を登り切る。

「お艶着きましたぞ!」

ゆっくりと磐音の背から降りたお艶は、よろめく足を踏みしめ手を合わせて言っていた。
「坂崎様、ありがとうございます!」

お艶の肩にそっと手を置き吉右衛門が微笑んで磐音を見た。
「坂崎様、お陰さまでお山にお参りが出来ました」


閉じていた目をお艶がゆっくりとひらく。
木々の緑の向こうに広がるのは遥かな水平線。
雲間から零れ出る朝の陽光の眩さが辺りを照らし始める。
海が山が、日の光が、命の輝きを宿して煌いているようだ。

手を合わせたまま、その全てを目に留めようとしているようなお艶の表情は穏やかで、傍らに寄り添う吉右衛門と二人いつまでも動かずに、その場に佇んでいた。



大山参りを済ませて実家に戻った夜、お艶は熱を出していた。
熱に浮かされながら、看病を続ける吉右衛門に礼を言い、満ち足りた顔で囁くように言う。
「お前さま、この世というものは美しいものなのですねぇ」
「名も無い道端の野の花も田んぼの青さも川のせせらぎも、大山から見た陽の光も海も、全てが愛おしく美しいものです」
「そうかい」

幸せだったと、もう何も思い残す事はないと、吉右衛門に告げる穏やかな顔。
「何を言うんだ。元気になりさえすればまた来年の初山にも登れよう。その時はお前の足で歩いて登るのです。私も一緒に登りますよ」
「はい」
お艶の手を取り励ますように努めて明るく言う吉右衛門。
その約束が果たされる事はないのかもしれず…

涙を堪えて見詰めるおこん。
磐音も静かに控えている。

「坂崎さま、私は生涯坂崎さまの背の温もりを忘れません」
磐音に目を向け手を合わせて、切々と声を絞るように言うのへ、磐音は笑顔で答えるのだ。
「お内儀どの、それがし神仏になった覚えはございませんぞ」




『大山道に天狗が出る』
そんな妙な噂が流れ始めたのは、その夜からだ。

鬱蒼とした木々の間から届くのは薄く仄かな月明かり。
足元も覚束無い夜の闇を白い姿が駆け抜ける。


身を切るような滝に打たれ水垢離をとっている一人の男。
坂崎磐音。

その口から漏れ聞こえるのは、お艶の病平癒を願う言葉のみだ。
「大山大聖 不動明王 石尊大権現、お艶さまをお守り下さいませ」

次の夜も、そしてまた次の夜も、白装束に身を包み闇夜の大山道を駆け抜ける磐音の姿があった。


今宵は雨。
叩きつけるように激しく降る雨の山中で、木々に紛れて潜む者がひとり。

男は釜崎弥之助。
越後高田藩の浪人で、盗人まがいの者たちと行動を共にしながら、どこか一歩引いてまだ仲間に加わろうとしてはいない。
磐音の剣に興味を示し、天狗の噂を磐音と結びつけたのか。

その目の前を、菅笠に蓑を纏った白装束の磐音が走り抜けて行く。
「まさしく天狗」
釜崎の呟きはどこか嬉しげだ。


大山、別名雨降山の頂に到着した磐音は、社の前で柏手を打ち「お内儀どのの病退散!!」と叫んで一礼し数歩下がる。
包平を静かに抜き石尊大権現に奉げた後、雨の雫もろともお艶の病を絶ち斬るようにその刃を振るう。
磐音がこの数日続けているのはお艶の代参なのだ。


ゆっくりと剣を納めた磐音の目が何かを見た。
未だ止む気配のない激しい雨。

紛れるように忍び寄っていた刺客。
棍棒と刀を振りかざし、磐音の命を奪おうと7人の刺客が迫る!

取り囲まれても鈍ることのない剣の冴え。
磐音がひらりと舞うように振るうたび、倒れていく刺客たち。
最後の一人の喉元に突き付けられた包平が峰から刃に反された。

磐音は静かに言い放つ。
「まだやると言うのならお相手仕る」

数を頼みに襲ったはずが子供のようにあしらわれる刺客たち。
その様子を木の陰から見ていた釜崎弥之助はただ驚くばかりだ。


眠るお艶のかたわらでは、吉右衛門がまんじりともせずにいた。
やがて夜が明ける。



「江戸へ?」

おこんと磐音を前に吉右衛門が告げたのは、先に江戸に戻って今津屋を支えてほしいとの願いだった。

「振り返ってみれば商いの忙しさに取り紛れ、お艶と二人だけで過ごすことがなかった」
「お艶の病は石尊大権現がお授けになったものやもしれません」
「しばらくはお艶と二人だけで過ごしてみたいのです」

お艶に付き添って残りたいと願うおこんを吉右衛門はきっぱりと諭す。
「主のいない店で奥と台所を仕切るのはお前しかいない」
主の命に逆らうわけにはいかない。

「坂崎様、主のいない店はどこか気が緩みます。そこで江戸に戻られたら今津屋に日参して頂きたい」
由蔵の話し相手になってくれればいいのだと言う吉右衛門は真剣で、磐音も頷くしかない。

「お店の邪魔にならなければいいのですが…」
磐音の言葉に吉右衛門の顔が綻び、今津屋主の顔に戻って威厳を持ってこう言ってみせた。
「今津屋吉右衛門、人を見る目は持っておりますぞ」


お艶の命がもう永くはないことを知らされ、おこんは耐え切れずに泣き伏せている。

それへ、苦しみ悩んだ末に覚悟を決めた潔さで吉右衛門は静かに言うのだった。
「人は誰しも死ぬ。それはこの世に生を受けた時からの理です」
「お艶と二人きりで過ごせる。私は嬉しいのです」



「元気になった折に私がお迎えにあがりますからね」
お艶の枕元で、おこんは涙を隠し明るく別れを告げていた。

一方お艶は、おこんの胸に秘めた想いを案じ、優しく言う。
「おこん、想い続けるのです」
「想い続けていさえすれば、心はいつか届きます」
「いつか…いつか必ず」

重なる手のぬくもり。




翌日、江戸に向かう磐音とおこんの姿が林の中にあった。
肉刺を作ったおこんの足を治療し、降りそそぐ蝉時雨の中歩き出そうとした二人の前に、釜崎弥之助が姿を現す。
ゆっくりと近付きながら名乗った釜崎は、尋常の立ち合いを磐音に願ってきた。

だが磐音はおこんと共に江戸に戻らねばならないのだ。
「迷惑でござる」

「あなたは強い。武芸者としてあなたと立ち合いたい」
「あなたを倒さぬ限りそれがしの道は開けません!」
真剣な眼差し。
勝手な言い草だが、侍とは本来そういうものなのかもしれない。

「坂崎さんやめて!」
おこんの静止にもかかわらず、下がるよう目で命じた磐音は、静かに釜崎に向き合っていた。


土手に挟まれた林道。
「勝負!」
釜崎の気合が響き渡る。
自信と揺らめく気迫を漲らせ激しく斬り込んで来る釜崎をかわして、磐音はいつもの守りの剣で受け続ける。

土手を駆け下りる二人。
両手に荷物を抱え足を引き摺りながら、少し離れた林道でおこんは見守るしかない。

何合か剣を交えたのち、竹林の手前で磐音はもう一度諭すが釜崎が聞き入れるわけもなく。
鍔迫り合いの末、磐音の峰打ちで勝負は決まっていた。


額から流れる汗を拭おうともせず、おこんに向き直りさばさばと言う磐音。
「おこんさん、終わりました」

けれど。

「死んだら…どうするつもりだったんですか!?」
「私はここに置き去りだったんですか?」

二人の闘いを見守っている間おこんはどんな気持ちでいたのだろう。
悲痛な声で叫ぶおこんの心は、案じても届かない想いに苛まれていたのか。

「馬鹿!」
思わずなじるおこんの涙声が林の間に響いた。


勝負を臨まれれば、律儀に受けて刃の前に身を晒す。
侍なら、それは当然なのかもしれない。
まして、磐音の生き方はまっすぐ剣の道を見据えているのだ。
おこんがどんなに泣いても願っても、変えられるものではなかった。


涙を拭い足を引き摺りながらおこんは先を歩いていく。
木漏れ日射す林道の横手には、たくさんの山百合が白く大きな花びらを開いて揺れている。

林道に戻り、黙って足早におこんを追い抜くと、磐音はその場に膝をついて振り返った。
「さ、おこんさん、それがしの背中に」

吉右衛門同様おこんも、武士の背におぶさる事など出来ないと首を振るが…
「遠慮なく」
どこまでも磐音の声は優しかった。

躊躇いながらも背に身を預けてきたおこんに、磐音は静かに言う。

「人とは悲しいものです。いつか別れなければいけない」
「だからこそ愛おしい」
「いつか別れることになろうとも、心にはその人が残ります」

そう言って穏やかに微笑む磐音の目がふと遠くを見る。
その目が追っていたのは、亡くした友か。いとおしんだ者か。
道を別った許婚なのか…


青々とした田んぼの道をゆっくりと歩く磐音。
その背でおこんは呟いていた。
「あたたかい…」
「坂崎さん、あたしね…」

答える言葉はなく。
おこんはそれ以上何も言わずに磐音の背に強く縋りつくのだった。


いつか必ず。
磐音の背のぬくもりは、今この瞬間ここにある。




完。





ドラマ陽炎の辻が終わってから、この最終話を何回観たことでしょう。
文字にしたい気持ちと余韻に浸っていたい自分がいて。
終わったと認めたくないのか。
ひたすら淋しいのか。
自分の気持ちがコントロール出来ず、ただぼんやりと過ごしていたような感じです。

いいドラマでしたね。


続編、もしくはシリーズ化の希望が出てきたので、しばらくは原作を読み返して、録画したDVDを見て、寂しさを紛らわそうと思っています。


長い文を読んでくださり、ありがとうございました。

「陽炎の辻」に関して書いてきたことは全て私一人の主観に基いた文であり、原作者の佐伯先生やドラマ制作の方がた、読んでくださった方とは異なる見方や感じ方もあること、どうぞご容赦下さいね。


「だって、オマージュだもの…」 なんちゃって(^_^;)
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by aquadrops | 2007-11-20 20:41 | TV

子供を傷付けるのが一番許せない

先日、娘が部活中に制服を盗まれました。
それもバドミントン部の1年・2年女子全員の制服です。
娘は携帯と自転車の鍵も制服のポケットに入れていたので、家に帰ることも出来ず…
友達の携帯から連絡してきた娘の話を聞いて、私はひとりブチ切れておりました。
「いったい誰が!」
「何がしたいんだ!」
「許せん!」
頭の中で怒りがぐるぐる渦巻いていました。


幸いなことに、その日のうちに制服は見付かりました。
部室は2階なんですが、その2階の窓から外へ投げ捨ててあったようです。
外が暗く子供たちもすっかり怖がってしまって探せなかったのを警察官の方が見付けて下さいました。
汚れてはいましたが、どの子の制服も無傷で、娘の携帯も見付かりました。
とりあえずは良かったです。


連絡を受けて校長先生も教頭先生も学校に駆け付けて下さり、警察も来て、子供たち一人一人事情聴取 (名前、住所、なくなった物)を受け、部室も指紋をとってきちんと調べてくれました。
子供たちは日も暮れて寒くなったのに体操服のまま、9時前まで学校にいる羽目になってしまいました。

野球部やバドミントン男子の部室もあったのに、狙われたのは女子だけだったこと。
鞄に入れていた人は鞄をあけて盗られていたこと。
子供たちのショックはだいぶ大きかったようです。
うちの娘もお腹が痛いといって晩ご飯もほとんど食べず、なかなか寝付けないようでした。

学校側から説明はまだ何もありませんが、学校の敷地内で起こったことです。
これを機にしっかりと子供たちに目を向けて頂きたいと思います。
何かあってからでは遅いですから。

そして、私たち親は一体何をしたらいいんだろう…
ミスチルの『タガタメ』の歌詞が頭に浮かびます。
悩むしかないのか…
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by aquadrops | 2007-11-13 17:19 | Monologue

ヘアスプレー

映画『ヘアスプレー』を観に行ってきました。
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この映画は、なにも悩まずとにかく楽しめます♪
音楽が底抜けに明るくてエネルギッシュ!
主人公はちょっとぽっちゃり体型の女の子トレイシー。
積極的で元気いっぱい、見てて楽しくなるような笑顔の女の子です。
トレイシーをビッグにしたような母親エドナは、引っ込み思案で体型を気にし家に引きこもったまま。
このエドナがまたまたキュート!
仕草が女らしくて妙に色っぽいんですが…なんと演じているのはジョン・トラボルタ!
びっくりですね。でも本当に可愛くて魅力的な女性に見えます。声は低いけど(^_^;)

主人公の敵役も出てきますが、その人だってわが子がかわいい普通の母親なんです。
自分の地位を保とうとやっきになってトレイシーの邪魔をする、でもそれも彼女なりの理由がちゃんとあるんですねぇ。

人種差別や偏見という重いテーマを根っこにきちんと抱えながらも、けして暗くならず見ていて辛い気持ちにならないのは、心底悪いやつなんていないという博愛精神か、はたまた主人公トレイシーが放つ全てを覆い尽くすような明るさ、パワフルさゆえでしょうか。

オーディションで選ばれたというニッキー、女優になる前はアイスクリーム屋さんでアルバイトをしていたんだとか。
それにしても、歌もダンスも上手いですね~♪
トラボルタの艶っぽさと、ニッキーの歌とダンス、そして私の一押しはトレイシーの父親ウィルバーの男らしさです♪

あ~楽しかった!
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by aquadrops | 2007-11-10 23:23 | Movie

磐音に元気をもらいました

お久しぶりです。

陽炎の辻が終わってから、なんだか何もやる気が起きず、誕生日もバタバタと終わってまたひとつ年をとりました。
爽やかで大好きな季節のはずの秋なのに、寒かったり暑かったり雨も多かったような…
今年の冬はあんまり寒くないといいなぁ~
人間気力がなくなると、途端に身体に影響がでますね。
ここ二日ほど風邪をひいて寝てたんですけど、まだ体調は万全とは言い難いです。
なんかだるい…
貧血の治療をサボっているせいもあるかな~(@_@;)
10月末でお寿司屋さんを辞めたので、これからは真面目に病院に通って体調不良を治そうと思います。


さて、10月31日は山本耕史くんの31歳のお誕生日でした!
遅ればせながら。
「おめでとうございます!これからもずっと応援しています」

そして、「陽炎の辻」公式HPに嬉しいメッセージが♪♪
これは…
期待していいという事ですね?
耕史くんのいつもの飾り気のない素直な言葉もとっても嬉しかったんですが、一柳プロデューサーさんのこの言葉が嬉しくて、読んだだけで元気が出てきちゃいました!
「単なる続編ではなく、今回のシリーズの反省も踏まえて、さらに上回る作品が出来るなら、是非挑戦してみたいと存じます。」

おお~!!
いつまででも待ちます。
また磐音さまとおこんちゃんに会えるその日を。
陽炎の辻サントラを聞きつつ…
「磐音のテーマ」が好きです。
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by aquadrops | 2007-11-02 18:06 | Monologue