カテゴリ:TV( 32 )

「端正で美しい」

今日の朝日新聞朝刊のテレビ欄、『試写室』

陽炎の辻2についての記事が載っていました。
d0088952_17552278.jpg



午後のひととき。
お茶を片手に何気なく開いた瞬間、ドキっとさせられました。

木曜時代劇が土曜時代劇に変わってから、テレビ雑誌の扱いも小さくなっている気がするので、こうして写真入りで新聞に紹介してくれると嬉しいです。


「爽やかすぎる笑顔。
まぶしいほどに輝いている。
透き通るほど端正で美しい。」

これらの美辞麗句はいったい誰を指すのか?
そう。
我らが居眠りどの、坂崎磐音です。


そして。
物足りなく感じるほど、
「過剰な表現があふれるテレビ界ではまれな抑えた演技」としています。

そうなんですよね。
この不思議な佇まいこそが、居眠り磐音の魅力のひとつなんです。

それは顔の造作だけに限らず、所作だったり立ち姿だったり眼差しだったり、殺陣のシャ-プな身のこなし、あるいは志だったりもする。

佐伯先生によって生み出され静かなブームとなっていた活字の磐音に、ドラマ版山本磐音が加えたのは彩りと間と呼吸の粋。


うんざりするニュースばかりで、疑心暗鬼や諦めの感情が先走る今だから、せめてテレビの中だけでも、夢を見ていたいもの。


よく見るキャストによく似た展開、やたらテンションの高いストーリー。
巷に溢れるそんな民放ドラマに飽き飽きしている方にも。

たまには気分を変えて、たった30分だけど不思議と心癒される時代劇を一度ご覧あれ。
[PR]

by aquadrops | 2008-09-27 18:13 | TV

陽炎の辻2に武左衛門現る!!

皆さんもうご存じですね♪(●^o^●)
陽炎の辻2公式HP

トップページを開けると、憂い顔のサムライが静かに迎えてくれます。

何かに心を痛めているような。
遠くの誰かをひっそり案じているような。
そんな表情…


ヤバイです。
無駄にカッコいいから!!

しかも、スペシャルコンテンツとして壁紙ダウンロードも出来るようになってます♪
NHKさん素晴らしい~(^◇^)

9月6日まで、この磐音を見て原作を読み直しつつ残暑を耐え忍びますか。


そして、なんと陽炎2には我らが武左衛門が登場します!!
演じるのは宇梶剛士さん。
新選組!では土方と西郷でしたけど、今度は磐音と武左衛門。
どちらも百八十度イメージが違う役所。
それにしてもデカイ武左衛門だなぁ…
こんなのが酔っ払ってわやしたらほんとに難儀です(^_^;)
でも念願叶って磐音、柳次郎、武左衛門のデコボコトリオが見られるんですね。
嬉しいなぁ。


30分で12話しかないというマイナス要因がどうしても引っ掛かりますけど、こうなったら楽しむしかない!

早く来い来い秋9月。
[PR]

by aquadrops | 2008-08-13 16:04 | TV

磐音に会いたい

HEDWIG月間の間、封印していた「陽炎の辻」DVDを毎日少しずつ観ています。
原作も六巻の終わりから読み直し始めました!
今日は七巻の『狐火の杜』を読んでいます。
d0088952_1810838.jpg

ああ、この感じ。
久しぶりに大切な人に会ったような気分。

耕史くんの磐音、やっぱりいいなぁ☆
笑顔に癒される。
金兵衛さんは楽しすぎる。

時間の経過で変化する、日差しや灯りの明暗。
水が照り返す揺らめく光。
画面を縁取る花や樹の色合い。

「陽炎の辻」の世界には、私の好きなものがたくさん詰まっています。


耕史くんは既に撮影に入っているそうです。

これから夏に向けて気温が上がると、撮影が益々大変になると思います。
キャストの皆さんもスタッフの方たちも、どうぞ体調に気をつけて頑張って下さいね!
またいいものを観せてくれることを信じて、9月を待っています。

それにしても早く会いたい。


そういえば竹村さんは出てくるんでしょうか?
竹村さん大好きなんですけど(#^.^#)
[PR]

by aquadrops | 2008-07-01 18:00 | TV

木曜時代劇 新選組!!

2006年正月時代劇「土方歳三最期の一日」が前後編として再放送されました。

2005年の大河ドラマ「新選組!」が、香取くん演じる近藤勇の斬首という史実通りの結末を迎えてから、生き残った近藤の盟友土方歳三がその後の一年をどう生きたのか。

新選組!に魅了された人々の「副長のその後を見たい!」という熱い想いに応える形で、脚本家の三谷さんとNHKさんが大河ドラマ初の続編を作ってくれたのがこの「新選組!!」
まさか本当に実現するとは思っていなかった、組!ファンの夢でしたね。

2006年の1月3日。
テレビの前でドキドキ緊張しながら放送を待っていたのを思い出します。
嬉しいのと録画を失敗したら…と不安でトイレに何回も行って娘に呆れられた私なのでした(^_^;)

あれからもうすぐ2年ですね。
早いな~
しかし『木曜時代劇』というところがなんとも嬉しいです♪
実はDVDも持ってるのですけど、やっぱり再放送見てしまいました。

相馬たちに囲まれて和やかに昔話をしている所や、鉄に写真やコルクを託す部分、鵺の話、それから大鳥さんのぼやきと榎本さんの部屋に入ってすぐの会話などがカットになっていました。
組!ファンにとっては大切な部分もありましたけど時間の関係上仕方ないです。
「土方歳三最期の一日」の筋には影響しない所で、上手くカットしてありましたしね。NHKさん流石という所です。


しかし、土方さんはよく怒鳴ってますね。
戦況が日に日に悪化して、大軍が攻め寄せて来ようという緊迫した状況ですから当たり前なんですが。
しかも土方さんはバラガキですし。組!の副長ですから。

それにしても、直前に磐音さまを見直していたのですが、土方さんと磐音さまのあまりの違いに今更ながら驚いています。
表情はもちろんですが、立ち姿、座り方、目、声、仕草。
言葉の言い回しから発声の仕方まで違っているようです。
d0088952_2095195.jpg

[PR]

by aquadrops | 2007-12-22 20:10 | TV

いつの日か

ツワブキのつややかな葉が揺れている。
池の魚に餌をやる男の後姿は何故か小さくしぼんでいるようだ…
夏の夕暮れ。
江戸の両替屋行司今津屋吉右衛門が縁側で肩を落としているのだ。

内儀お艶の里帰りの願いは吉右衛門にとって突然の申し出だった。
「それではまるで、おまえ様が療養に行くようではありませんか」
ため息を零す横顔に呆れたような口調。
けれど表情は柔らかなお艶がそばに寄り添う。

身体があまり丈夫でないお艶は奥でひっそりと過ごすことが多かった。
嫁いで十余年、そのせいか子供が出来ないことを負い目に感じてもいるのだろう。
このところ体調も思わしくなく塞ぎ込むことが多くなっていたため、相州伊勢原の実家へしばらく戻って療養することになったのだ。
普段おっとりとして物腰も柔らかく、強く物を言うことのないお艶の決意に押し切られて、吉右衛門も同行しての里帰り。
病人を連れての旅のため、用心棒として磐音、お艶の付き添いにおこんも伴うことになっていた。

雲が流れる。
「楽しみです、明日が」
澄んだ目で夕焼けに染まりゆく茜の空を見上げるお艶の声は、ただ明るかった。


陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~

最終話 『いつの日か』




翌早朝、仕度を整えた四人が今津屋の玄関先に立っていた。
菅笠と荷を背に負い、杖を手にした旅支度。
磐音は納めの木太刀を抱えている。

奉公人総出の見送り。
表に立つことは少なくても、今津屋吉右衛門を支えてきた内儀を慕っている皆の心は一つだ。
「お艶さま、一日も早いお帰りをお待ち申しております」
いつもの落ち着き払った今津屋番頭とは思えない小さく震える声。
その由蔵の目に光るものがある。
「由蔵、世話になりました」
「みなも元気で」

今津屋の店構えを、両替商の暖簾を懐かしげにいっとき目に留め立ち尽くすお艶。
その後ろ姿はほっそりとしてどこか儚げでさえあった。



お艶の駕籠を先頭に三人は徒歩で東海道をゆっくりと進み、二子の渡しを小船で渡った。
一夜目は溝ノ口宿に泊まり翌日は相模川を目指す。
緑滴る田園風景を眺めながら一行はのんびりと歩を進めていた。

風が清々しく、とんびの澄んだ声が空高くから響いてくる。
駕籠に揺られながら景色を楽しげに眺めるお艶の顔も明るい。
付き従うおこんと磐音にも旅を楽しむ余裕が生まれていた。
「このようにのんびりとした旅は初めてです」
「いつも何かに追われるように、旅をして参った」
「ご家中のことや奈緒様のこと。色々ありましたもんね、坂崎さんには」


途中、道沿いの小さな茶屋で休憩をとった一行は今晩泊まる宿の相談をしている。
「お天道様とお内儀どのの様子次第では早めに宿をとった方がいいでしょう」
「私はだんだん気分が晴れやかになって参りました。早く相模川から大山を眺めとうございます」
無理はいけないと心配するおこんに向ける晴々とした笑顔。
無邪気に微笑む様子は塞ぎ込んでいた近頃のお艶とは別人のようで、吉右衛門も安堵した目でその横顔を見守っている。

心穏やかな道のり。


だがその時。
すぐそばを通り過ぎていく浪人の視線が、こちらへついと流れた事に磐音は気付いていた。
穏やかな旅もここまでなのか。

磐音の懸念通り、お艶の叔母の菩提寺に参った一行の前に、さきほどの浪人たちが行く手を阻むように現れた。
「江戸の両替商今津屋と奉公人だな」

磐音たちの素性を何故か知っている浪人たちは三人。
「武者修行中に路銀を切らしたので都合をつけろ」とまるで盗人のような言い草に呆れ果てるばかりだ。

「強請りたかりにいちいち金子を出していたのでは両替商は勤まりません」
きっぱりと撥ね付ける吉右衛門の言葉を合図に、丸腰の商人を襲い命を奪ってまでも金子を得ようとする男たちが抜き身を手にじりじりと迫る。

広くはない寺の境内。
前後を挟まれながらも、静かな怒りを目に宿して磐音は泰然と包平に手をかける。

背後の男と同時に前の浪人が斬り込んで来る。
受ける磐音は二人の刃の間を柔らかく舞うように、払い、流し、押さえ込んで移動する。
もう一人の男はただ見ているだけで闘いに加わろうとしないようだ。

「勝負はつき申した」

瞬く間に一人を転がし、もう一人の腕に傷を負わせた磐音だったが、闘いを見守っていたお艶が突然倒れてしまう。
おこんと吉右衛門の呼び掛けにも目を閉ざしたままのお艶の顔は透き通るように白かった。


寺の一室に運び込んで休ませていたお艶は夜になって意識を取り戻した。
「坂崎様のあまりのお強さに驚いただけですから」

「お内儀どの、お許しください」
詫びる磐音に、吉右衛門やおこんが頼りにするのがよくわかったと微笑む穏やかな顔。
だが、医師の訪れにその表情はこわばり…

お艶を良く知る梧陽医師の診立てでは、胃の腑にしこりがあると言う。
しこりは腫瘍とみられかなり大きいと。
「これまでにも吐き気や痛みを感じていたはずじゃ」
「この腫瘍を消す手立ては今の医学にはない」

「お艶の命どれほどと…」

「のんびりと過ごされれば一年か、あるいはもっと長いか」

思いがけず目の前に突き付けられた非情な事実がそこにある。
吉右衛門の言葉は震え、目を見開き立ち尽くしたまま。
医師の挨拶にこたえることも出来ず、よろめく様にその場に崩折れていた。

「私はなんと愚かな男なのでしょうか…」
「何も気付かなかった、お艶はただ子が出来ぬのを責めているとばかり…」
「何をしていたのだ!私は!」

磐音に吐露するような吉右衛門の呟きは、やがて己に向け激しい自責の怒りに変わり…
身体を丸め歯を食い縛り、膝を足を拳で打ち続けた。


吉右衛門の慟哭を見てしまったおこんに、磐音はお艶の病状を告げる。
「嘘です。そんなこと嘘です!嘘だって言ってください!」
「それがしも嘘であればいいと思う。だがこのこと、お内儀どのも以前から承知してのことらしい」

お艶の覚悟と、吉右衛門の苦しみ。
癒すことも助ける術もなく。
大切な人をいずれ失わなければならない。
受け止められない現実に心を乱すおこんを諭し磐音は優しく言うのだった。

「人には運命がある。そのさだめを受け止めて誰しも生きていかねばならないのです」

「嫌です」
「そんなさだめ、私嫌です!」

子供のような泣き顔を手で覆い、屈み込んでしまったおこんの背中を、何も言わずにただそうっと包み込むように磐音は抱いていた。


夜は更けていく。
時の流れは変わらない。

眠るお艶の手を取り見詰める吉右衛門。
零れる涙。
声もなく…



木漏れ日にきらめく晩夏の香り。
残り少ない命を昇華するように鳴く蝉の声。
緑陰が深い。

三日後、伊勢原宿子安村にあるお艶の兄、赤木儀佐衛門の家に運ばれたお艶は、大山詣でに行きたいと言い出して周囲の者を驚かせていた。

石尊大権現と雨降山大山寺は夏の二十日間だけ参拝が許される。
そして明日は初山なのだ。

病が治らないのであれば、せめて体力のある内に大山に登っておきたいと考えたのだろうと、儀佐衛門は言う。
不動堂まで男たちでおぶって行くつもりなのだと。
「今はお艶の好きなようにさせてやろうかと思っているのです」
「坂崎様、おこん、一緒に行ってくれますね」

吉右衛門の問いに即答したおこんに対し、磐音は何事か思案している。
屋敷から不動堂までの距離を尋ねた後、きっぱりと言ったその言葉。
「では、それがしがお内儀どのを背負って大山に登ります」

驚いて涙顔のまま磐音を見るおこん。
吉右衛門は仰天したのか目を見開くようにして首を振っている。
「何を言われます」
「あなた様は豊後関前国家老のご嫡男」
「お武家様が商家の女房を背負って大山参りなど聞いたこともありません」

だが、答える磐音はいつもの穏やかな笑みを湛え静かに言うのだ。
「今津屋どの、それがしは江戸は深川金兵衛長屋に住む浪人者でございますよ」

顔を手で覆い泣き出すまいとこらえるおこん。
磐音の前に手を付いて頭を下げる三人の目は涙に濡れている。



おこんから仔細を聞かされたお艶も覚悟を決めていた。
今の体調では苦しい道中になる。
しかし、この時を逃しては願いを叶える事は出来ないかもしれない。
「世話になりましょう」
「明日はどんなことがあっても登らなければいけませんね」



お艶の病状は、江戸の由蔵たちにも伝えられていた。
地蔵の親分から聞かされた金兵衛と柳次郎、長屋の住人たち。
誰もがただ手を合わせ祈るしかないのだった。



その夜更け。
屋敷の中、誰かを探しているおこんの前にどこからか帰ってきた磐音の姿がふいに現れる。

「どこに行ってたの?」
「腹が減りました。」
「散々探したのよ。どこ探してもいないんだもの」
「夕餉は?」

会話が噛み合っていない。
空腹を満たそうと、冷めた夕餉を前に磐音は他の事が頭に入ってこない様子だ。

心配していたおこんが何度も聞いてやっと聞き出した行き先…それは。
明日、お艶を背負って参拝する大山だった。

「知らぬ道より知っていた方が確かですから」
平然とそう言いのけた磐音は、夜の大山を登って参道を確かめてきたのだ。

「頭が濡れてるけど…」
「良弁滝という所で明日の無事を祈って身体を清めて来ました」
「流石に夜は誰もいません」
「おこんさん、明日はどんなことがあっても不動堂までお内儀どのを背負って行きます」

言いたいことは言ったとばかりの磐音は、茶碗を片手に呆けたように見つめるおこんに飯の催促をする。
「おこんさん茶碗を」
「いただきます」

手を合わせて無心に食べ始めた磐音はいつもの無邪気な表情で…


おこんはただ見詰めている。

目の前にいるのは、子供のような顔で食事をする男。
捨てて来た筈の藩のため身を粉にし命を晒す男。
誰かを助けるため自ら窮地に飛び込んでいく男。
そして、侍でありながら商家の内儀に背中を貸すのも厭わず、念の為にと夜の山道をひとり登ってくる男だった。

その清廉に今更ながら驚いておこんは呟くのだ。
「いいな… 坂崎さんって、いいな…」



翌日、大山詣での初山。

駕籠で一の鳥居に向かった今津屋一行は、大勢の白装束を纏った人々の中にいた。

広くはない道に駕籠が混じったのだ。
どうしても人の流れを塞ぐ形になってしまう。
「なんで駕籠なんぞ繰り出すんだよ!初山だぜ、ちったぁ考えろ!」
後ろから険しい声が飛ぶ。

「病人のたっての願いの初山でございます。お許しくださいませ」
吉右衛門が頭を下げると、駕籠を通すために道をあけてやれとまで言ってくれる。
「すまなかったなぁ。大山大権現はどんな病気でもたちどころに治してくれらぁ」
掛けられるのは温かい言葉。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」
名も知らぬ人々に何度も何度も頭を下げ繰り返し礼を言う男が、江戸の両替商を束ねる両替屋行事今津屋吉右衛門だと誰が知っていただろう。
大山は、参拝する者全てに等しく、厳しくも尊い。
駕籠の中、お艶の頬をひっそりと涙が伝う。
大山詣では始まったばかりだ。


一の鳥居に着いた一行は駕籠を捨て、お艶をおぶってより細く急な道を登ることになる。

「ここからが本当の大山登りだ、平気かい?」
「おまえ様、世話をかけますがお参りしとうございます」
きっぱりと答えるお艶は磐音の背に縋り、おこんが紐でしっかりと固定して登り坂に足を向けた。
「では、参ります」

参道の途中の滝で吉右衛門は身を清め病平癒を願う水垢離をとる。
「大山大聖 不動明王 石尊大権現、お艶をお助け下さいませ」
滝の水を手に掬い、お艶の肩にそっとかけてやる吉右衛門の目はどこまでも優しい。


シャラン、シャラン。
涼やかな音を響かせて杖を片手に磐音は登る。
白衣の人々の間を縫い、一歩一歩踏みしめる足元は力強く。
傍らにいて吉右衛門は周囲に声をかけ、おこんもお艶から目を離さずそばにぴったりと寄り添っている。

険しくなる山道。
磐音の額に汗が光る。
歯を食いしばり最後の階段を登り切る。

「お艶着きましたぞ!」

ゆっくりと磐音の背から降りたお艶は、よろめく足を踏みしめ手を合わせて言っていた。
「坂崎様、ありがとうございます!」

お艶の肩にそっと手を置き吉右衛門が微笑んで磐音を見た。
「坂崎様、お陰さまでお山にお参りが出来ました」


閉じていた目をお艶がゆっくりとひらく。
木々の緑の向こうに広がるのは遥かな水平線。
雲間から零れ出る朝の陽光の眩さが辺りを照らし始める。
海が山が、日の光が、命の輝きを宿して煌いているようだ。

手を合わせたまま、その全てを目に留めようとしているようなお艶の表情は穏やかで、傍らに寄り添う吉右衛門と二人いつまでも動かずに、その場に佇んでいた。



大山参りを済ませて実家に戻った夜、お艶は熱を出していた。
熱に浮かされながら、看病を続ける吉右衛門に礼を言い、満ち足りた顔で囁くように言う。
「お前さま、この世というものは美しいものなのですねぇ」
「名も無い道端の野の花も田んぼの青さも川のせせらぎも、大山から見た陽の光も海も、全てが愛おしく美しいものです」
「そうかい」

幸せだったと、もう何も思い残す事はないと、吉右衛門に告げる穏やかな顔。
「何を言うんだ。元気になりさえすればまた来年の初山にも登れよう。その時はお前の足で歩いて登るのです。私も一緒に登りますよ」
「はい」
お艶の手を取り励ますように努めて明るく言う吉右衛門。
その約束が果たされる事はないのかもしれず…

涙を堪えて見詰めるおこん。
磐音も静かに控えている。

「坂崎さま、私は生涯坂崎さまの背の温もりを忘れません」
磐音に目を向け手を合わせて、切々と声を絞るように言うのへ、磐音は笑顔で答えるのだ。
「お内儀どの、それがし神仏になった覚えはございませんぞ」




『大山道に天狗が出る』
そんな妙な噂が流れ始めたのは、その夜からだ。

鬱蒼とした木々の間から届くのは薄く仄かな月明かり。
足元も覚束無い夜の闇を白い姿が駆け抜ける。


身を切るような滝に打たれ水垢離をとっている一人の男。
坂崎磐音。

その口から漏れ聞こえるのは、お艶の病平癒を願う言葉のみだ。
「大山大聖 不動明王 石尊大権現、お艶さまをお守り下さいませ」

次の夜も、そしてまた次の夜も、白装束に身を包み闇夜の大山道を駆け抜ける磐音の姿があった。


今宵は雨。
叩きつけるように激しく降る雨の山中で、木々に紛れて潜む者がひとり。

男は釜崎弥之助。
越後高田藩の浪人で、盗人まがいの者たちと行動を共にしながら、どこか一歩引いてまだ仲間に加わろうとしてはいない。
磐音の剣に興味を示し、天狗の噂を磐音と結びつけたのか。

その目の前を、菅笠に蓑を纏った白装束の磐音が走り抜けて行く。
「まさしく天狗」
釜崎の呟きはどこか嬉しげだ。


大山、別名雨降山の頂に到着した磐音は、社の前で柏手を打ち「お内儀どのの病退散!!」と叫んで一礼し数歩下がる。
包平を静かに抜き石尊大権現に奉げた後、雨の雫もろともお艶の病を絶ち斬るようにその刃を振るう。
磐音がこの数日続けているのはお艶の代参なのだ。


ゆっくりと剣を納めた磐音の目が何かを見た。
未だ止む気配のない激しい雨。

紛れるように忍び寄っていた刺客。
棍棒と刀を振りかざし、磐音の命を奪おうと7人の刺客が迫る!

取り囲まれても鈍ることのない剣の冴え。
磐音がひらりと舞うように振るうたび、倒れていく刺客たち。
最後の一人の喉元に突き付けられた包平が峰から刃に反された。

磐音は静かに言い放つ。
「まだやると言うのならお相手仕る」

数を頼みに襲ったはずが子供のようにあしらわれる刺客たち。
その様子を木の陰から見ていた釜崎弥之助はただ驚くばかりだ。


眠るお艶のかたわらでは、吉右衛門がまんじりともせずにいた。
やがて夜が明ける。



「江戸へ?」

おこんと磐音を前に吉右衛門が告げたのは、先に江戸に戻って今津屋を支えてほしいとの願いだった。

「振り返ってみれば商いの忙しさに取り紛れ、お艶と二人だけで過ごすことがなかった」
「お艶の病は石尊大権現がお授けになったものやもしれません」
「しばらくはお艶と二人だけで過ごしてみたいのです」

お艶に付き添って残りたいと願うおこんを吉右衛門はきっぱりと諭す。
「主のいない店で奥と台所を仕切るのはお前しかいない」
主の命に逆らうわけにはいかない。

「坂崎様、主のいない店はどこか気が緩みます。そこで江戸に戻られたら今津屋に日参して頂きたい」
由蔵の話し相手になってくれればいいのだと言う吉右衛門は真剣で、磐音も頷くしかない。

「お店の邪魔にならなければいいのですが…」
磐音の言葉に吉右衛門の顔が綻び、今津屋主の顔に戻って威厳を持ってこう言ってみせた。
「今津屋吉右衛門、人を見る目は持っておりますぞ」


お艶の命がもう永くはないことを知らされ、おこんは耐え切れずに泣き伏せている。

それへ、苦しみ悩んだ末に覚悟を決めた潔さで吉右衛門は静かに言うのだった。
「人は誰しも死ぬ。それはこの世に生を受けた時からの理です」
「お艶と二人きりで過ごせる。私は嬉しいのです」



「元気になった折に私がお迎えにあがりますからね」
お艶の枕元で、おこんは涙を隠し明るく別れを告げていた。

一方お艶は、おこんの胸に秘めた想いを案じ、優しく言う。
「おこん、想い続けるのです」
「想い続けていさえすれば、心はいつか届きます」
「いつか…いつか必ず」

重なる手のぬくもり。




翌日、江戸に向かう磐音とおこんの姿が林の中にあった。
肉刺を作ったおこんの足を治療し、降りそそぐ蝉時雨の中歩き出そうとした二人の前に、釜崎弥之助が姿を現す。
ゆっくりと近付きながら名乗った釜崎は、尋常の立ち合いを磐音に願ってきた。

だが磐音はおこんと共に江戸に戻らねばならないのだ。
「迷惑でござる」

「あなたは強い。武芸者としてあなたと立ち合いたい」
「あなたを倒さぬ限りそれがしの道は開けません!」
真剣な眼差し。
勝手な言い草だが、侍とは本来そういうものなのかもしれない。

「坂崎さんやめて!」
おこんの静止にもかかわらず、下がるよう目で命じた磐音は、静かに釜崎に向き合っていた。


土手に挟まれた林道。
「勝負!」
釜崎の気合が響き渡る。
自信と揺らめく気迫を漲らせ激しく斬り込んで来る釜崎をかわして、磐音はいつもの守りの剣で受け続ける。

土手を駆け下りる二人。
両手に荷物を抱え足を引き摺りながら、少し離れた林道でおこんは見守るしかない。

何合か剣を交えたのち、竹林の手前で磐音はもう一度諭すが釜崎が聞き入れるわけもなく。
鍔迫り合いの末、磐音の峰打ちで勝負は決まっていた。


額から流れる汗を拭おうともせず、おこんに向き直りさばさばと言う磐音。
「おこんさん、終わりました」

けれど。

「死んだら…どうするつもりだったんですか!?」
「私はここに置き去りだったんですか?」

二人の闘いを見守っている間おこんはどんな気持ちでいたのだろう。
悲痛な声で叫ぶおこんの心は、案じても届かない想いに苛まれていたのか。

「馬鹿!」
思わずなじるおこんの涙声が林の間に響いた。


勝負を臨まれれば、律儀に受けて刃の前に身を晒す。
侍なら、それは当然なのかもしれない。
まして、磐音の生き方はまっすぐ剣の道を見据えているのだ。
おこんがどんなに泣いても願っても、変えられるものではなかった。


涙を拭い足を引き摺りながらおこんは先を歩いていく。
木漏れ日射す林道の横手には、たくさんの山百合が白く大きな花びらを開いて揺れている。

林道に戻り、黙って足早におこんを追い抜くと、磐音はその場に膝をついて振り返った。
「さ、おこんさん、それがしの背中に」

吉右衛門同様おこんも、武士の背におぶさる事など出来ないと首を振るが…
「遠慮なく」
どこまでも磐音の声は優しかった。

躊躇いながらも背に身を預けてきたおこんに、磐音は静かに言う。

「人とは悲しいものです。いつか別れなければいけない」
「だからこそ愛おしい」
「いつか別れることになろうとも、心にはその人が残ります」

そう言って穏やかに微笑む磐音の目がふと遠くを見る。
その目が追っていたのは、亡くした友か。いとおしんだ者か。
道を別った許婚なのか…


青々とした田んぼの道をゆっくりと歩く磐音。
その背でおこんは呟いていた。
「あたたかい…」
「坂崎さん、あたしね…」

答える言葉はなく。
おこんはそれ以上何も言わずに磐音の背に強く縋りつくのだった。


いつか必ず。
磐音の背のぬくもりは、今この瞬間ここにある。




完。





ドラマ陽炎の辻が終わってから、この最終話を何回観たことでしょう。
文字にしたい気持ちと余韻に浸っていたい自分がいて。
終わったと認めたくないのか。
ひたすら淋しいのか。
自分の気持ちがコントロール出来ず、ただぼんやりと過ごしていたような感じです。

いいドラマでしたね。


続編、もしくはシリーズ化の希望が出てきたので、しばらくは原作を読み返して、録画したDVDを見て、寂しさを紛らわそうと思っています。


長い文を読んでくださり、ありがとうございました。

「陽炎の辻」に関して書いてきたことは全て私一人の主観に基いた文であり、原作者の佐伯先生やドラマ制作の方がた、読んでくださった方とは異なる見方や感じ方もあること、どうぞご容赦下さいね。


「だって、オマージュだもの…」 なんちゃって(^_^;)
[PR]

by aquadrops | 2007-11-20 20:41 | TV

「陽炎の辻」っていいなぁ

先日の土曜スタジオパークは次の木曜時代劇「風の果て」の番宣でした。
佐藤浩市さんは好きなので見たいなと思っているのですけど。
それとは別に、やっぱり…かなり複雑です(;_;)

「陽炎の辻」が終わってしまったという実感はまだあまりないんです。
ただ、ぽっかりと胸に穴が空いたようで、拍子抜けしています。
じわじわと淋しい気持ちが募ってくるのかな。

自分の日記を読み返してみると、今年の春3月の始めに最初の「陽炎の辻」ドラマ化のニュースを書いていました。
初めて聞いたときは、土方さん以来の耕史くんの時代劇が見れる!とそれが嬉しくて大喜び!

興奮が落ち着くと、次に興味が沸いたのは耕史くんが演じる「坂崎磐音」という人物。
「縁側で年寄り猫が日向ぼっこをしているような」とか「春風駘蕩とした」とか「居眠り剣法」とか、不思議な文字が並んでいるのを見て、武士なのにどうして?と興味は深まるばかり。

原作本を手にすると、面白くて面白くて…なんで今までこのジャンル、この作家の小説を読まなかったんだろうとそればかり思いました。
耕史くんが演じてくれたからこそ出会えたこの幸運に、感謝感謝☆☆(柳次郎風)


そして、あれから7ヶ月の今。
まさかこれほど嵌るとは予想もしていなかったです。
ヘドウィグも大好きだけど、やはり着物姿♪
だって日本人ですもの!
坂崎磐音の清廉さ、居住まいの美しさには完敗です。

放送が始まってからの三ヶ月間はあっという間。
短かったですねぇ。
でも、幸せな時間でした。
ドラマ「陽炎の辻」に関わられた全ての方々とキャストのみなさんに。
そして佐伯先生と山本耕史くんにありがとうと言いたいです。



さて、最終回を見て感じたことを自分なりに整理してみようと思います。

11話「いつの日か」見所がいっぱいありました。

まずは吉右衛門さんの涙。
拳で膝を叩く姿がなんともいえず一緒に泣いてしまいました。
お艶さんは幸せだなぁ。こんなに大切に思われて。
江戸に向かう磐音とおこんを見送る二人の寄り添う姿もとっても良かったですね。
夫婦っていいなぁと思いました。

「お艶さんを背負っての大山参り」
吉右衛門さんの「ありがとうございます!」にほろり。

「おこんちゃんをそっとそっと抱きしめる磐音」
磐音の優しさに言葉にならないくらい。

おこんちゃんの「坂崎さんっていいなぁ」にはガツン!とやられた感じ。
あんなに素直に言われると、おもわず「うん、ほんとに」とテレビの前で答えてしまう。

「滝に打たれて瞑想する磐音」
やっぱり水が似合う!
映像に被さるような磐音の静かな声と白く鍛えた身体がなんだか厳かでさえあり。

そして「闇夜の山中を白装束で駆け抜ける天狗のような磐音」
あのドラマティックなBGM!
ナレーションもいいですね。
大好きなシーン。

雨中の乱戦。頭上からのアングル素晴らしかった!
雨のしずくと一緒になって自分の視線が吸い込まれていくような錯覚を覚えました。
撮影したスタッフさん、大変だったでしょうね。


そういえば、原作の6巻までを読んで強く興味が沸いたのは、ドラマ化でどのエピソードを最終回に持ってくるか?ということでした。
奈緒と磐音の別れとなる「白鶴吉原乗込み」だろうと私はその時思ったのですけど、実際には吉原乗込みは10話。
でも今は納得しています。
運命に翻弄され、悲恋に傷付いて尚お艶のため人のために尽くす磐音。
この人の生き方は、お艶さんが言う道端の名も無い花や風や川の流れと似ているようで…
控えめで優しくしなやかで、時に厳しく強い。

田園風景の目に染みるような緑。
百合が乱れ咲く土手の道。
さまざまな自然の描写も、この「陽炎の辻」という作品には欠かせないもの。
自然の事物はすべてのものへの慈愛を表わしているようで。
そして無償の想いを体現する磐音の回りに人々が集まっていく。

現代にも通じる普遍的なものがこのドラマの根底には流れているような気がします。
それはやはり佐伯先生のあたたかいまなざしから来るものなのではないでしょうか。

浪人とはいえ侍が主役の時代劇。
激しい殺陣。
人が斬られ、命を落とすシーンもあるというのに、 ドラマを見終わった後のしんみりとした気持ちやほっこりとあったかい気持ちはいったいなんなのだろう。
磐音自身が悩み、恐れ、止むに止まれず斬らねばならないと、その痛みを背負っていく覚悟が見えるからなんでしょうか。

最終回も、けしてハッピーエンドなわけじゃない。
別れを近い未来に予感させるものではあっても、前を向いて歩いていく、そんな勇気をもらえたラストでした。
運命のまま、それでも懸命に人は生きる。


そして、おこんちゃんと磐音の物語は始まったばかりです。
おこんちゃんの告白を、そうとわかっていながらあえて聞こうとしなかった磐音。
その胸によぎるものはなんなのか。

これから第二章が始まります!って言ってもおかしくない終わり方でしたね♪♪
私は続編があると信じています。
でもスケジュールの調整など色々と都合があるでしょうから焦らず待ちますよ!

そしていつの日か、また会えることを願っています。
[PR]

by aquadrops | 2007-10-15 15:35 | TV

すべて終わりました

窓から朝の日差しが差し込んでいる。
宮戸川、鰻割きの仕事場。

正月飾りの前できりりと襷を掛け、鰻の成仏を願う磐音は仕事始めだ。

早速顔を出した幸吉に一年の願いを聞かれ、よぎる面影がある。
笑顔で答えた言葉は別のこと。
「息災に過ごせれば…それだけでいい」

相変わらず調子のいい松吉に鉄五郎親方の清めの塩つぶてが飛び。
品川柳次郎がやってきて、年越しの非礼を詫びる。
大人びた幸吉の講釈は何を知らずとも的を射て。
磐音を取り巻く人々の笑顔はいつもと変わらない。



金兵衛長屋では、男たちが大声で騒ぎ妙に浮き立っている。
正月松の内の七日、吉原に新しく入る花魁がお披露目に通りを練り歩くのだという。
滅多にない華々しい出来事。
誰もが興味をそそられ噂しあっている。

だが、その花魁が磐音の許婚だったことを知る者は少ない。
大家の金兵衛と柳次郎だけが、その胸中を察してくれているのだった。



陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~

第10話 『とわの契り』




中居半蔵から呼び出しを受けた磐音は二人で酒を酌み交わし、藩騒動後の関前の状況を知らされていた。
父坂崎正睦が宍戸文六の失脚により国家老の座につき、困窮している藩の財政再建に着手しているのだが、その道のりは険しく、苦渋は十分に察せられる。

中居が手渡した磐音への父の手紙に書かれていたのは。
関前領内の物産を藩で管理し高値の江戸で販売、利を得たいという事。
(これは磐音と今は亡き琴平、慎之輔ら三人が考えていた策でもある)
藩主の参勤交代費用二千五百両の調達を今津屋に願う事。
この二つを成就するために磐音の力を貸してほしいというものだった。


奈緒を救いたいという思いと関前藩の困難な立て直し。
藩を離れ自由であるはずの磐音の肩には、未だに苦しく重い責務が伸し掛かっていた。




吉原会所の四郎兵衛の呼び出しを受け、正月早々またも雅な里に足を踏み入れた磐音。
待っていたのは、「奈緒を守ってほしい」という切迫した依頼。

奈緒が京から江戸へ来る道中で尾張に立ち寄った際、京の廓の番頭が尾張の遊女屋と江戸の彦屋を天秤にかけたという。
尾張の楊貴楼の番頭たちは、用心棒を引き連れ、この江戸まで奈緒を奪い返そうと追って来ているらしい。
それが叶わなければ、奈緒の身に危害を加えると卑怯な脅しまでかけてきていた。

黙って頷く磐音。
奈緒を過酷な運命から救いたい、しかしその願いを叶える術はなく…
こうなれば、奈緒の身を守るしか磐音に残された道はない。


重い心を抱えたまま今津屋を訪れた磐音は、吉右衛門と由蔵を前に両手を突いて願っていた。
関前藩の危機を救うため、藩主の参勤交代費用二千五百両の用立てと、藩の物産を売り捌くための力添えを。

一方、吉右衛門、由蔵そしておこんも、「金子を用立ててほしい」という磐音の願いを奈緒のためだと思っていた。
だが磐音はきっぱりと言う。
「奈緒のことは私事でござる」
「此度の金子が調達出来るかどうかは、殿のみならず、豊後関前の家臣、領民らにまつわる大勢の暮らしが掛かっております。その者たちを路頭に迷わせるわけには参らぬのです」

浪々の身でありながら、奈緒のためではなく藩の為なら頭を下げられるという磐音は、どこまでも武士だった。
そっと席を外すおこん。
磐音の胸中を思えば思うほど、聞いているのが辛いのかもしれない。

「今津屋どのにとってはご迷惑な話ばかり、そうと分かっていながらこの坂崎磐音、恥を忍んで参りました」



関前藩の立て直し策の全てを書付けで示すこと。
二千五百両の質草。
まずはその二つを今津屋に見せなければ、申し出は叶えられない。
磐音からそう告げられた中居は、武士として恥を晒すことへ困惑を隠せない。
だが、磐音は言う。
「武士は商人に縋るしか暮らしを立てられぬのです。それが江戸です」



長屋から出て行く中居半蔵を見送るのは、すっかり意気消沈した風情の長屋の住人たちだ。
どういうわけか、誰もが目に涙を溜めている。
奈緒のことを大家から聞いたのだ。
心配をかけて申し訳ないと謝る磐音へ、磯次は自分のことのように涙にくれ叫ぶ。
「頭なんか下げんじゃねぇよ!一番悲しいのはあんただろ!」

微笑む磐音。
重く苦しい胸に染み入るのは身近な人の温かい心。
「大家どの、この長屋に住み暮らしたそれがしは幸せ者です」




夜半、時雨不動にやって来た磐音と四郎兵衛たちは、尾張の楊貴楼の者たちに正面から説得を試みるが聞き入れられるはずはない。
磐音は尾張の用心棒伊勢崎図書之助との一騎打ちによる決着を望む。

「直心影流、坂崎磐音でござる」
「伊勢崎図書之助、流派は忘れ申した」

蒼い月明かり。
対峙する二人の剣客。
静かな湖面を思わせる、静の磐音。
伊勢崎の構えはどこから来るかわからない型破りな動と見える。

鞘を投げつけ一気に勝負をかけてくる伊勢崎。
矢を投げ、両手を使う、激しい剣風。
疾風のようなその攻撃をすんでのところで躱す磐音。
だがやはり澄み切った磐音の剣に適うはずもなく峰打ちで勝負は決する。

磐音の剣の腕に尻込みする尾張の者たちは捨て台詞を残して逃げ去って行く。

四郎兵衛に促され、帰ろうと歩き出した磐音の足元。
白い折鶴がひとつ。
こんな寂れた不動の一角にどこから飛んできたものか。
そっと持ち帰る磐音は白い折り鶴に奈緒を見ていた。


「白鶴~はっかく~」
それは奈緒が吉原で名乗る花魁としての名。
そして遠い地の生まれ故郷の城の名でもある。

長屋にひとり。
灯りも点さず…
そっと手にした折り鶴をいつまでも見つめる磐音を、月が影絵のように静かに映し出していた。




読売が舞う、大通り。
彦屋の主人を先頭に、大勢の者たちを従えた奈緒の、白鶴の行列は吉原を目指して賑やかに街を練り歩いてゆく。

傘が差し掛けられ、紅い扇を手に輿の上で微笑む白い顔。
凛としたその面差し。
見詰めるおこんに向けられたあでやかな微笑み。


磐音は…
人々から少し離れた軒下の影からひそやかに白鶴を見守っていた。
菅笠の下から見るその人は、もはや磐音の知る奈緒ではなく。
衆人の好奇と羨望の眼差しを白い面に受け止め艶然と微笑む。
江戸の吉原が誇る遊女。

見詰める磐音に気付くはずもない。


その時、観衆を押し退けて尾張の者たちが現れた。
白鶴の吉原乗込みを邪魔し、傷付けることも厭わない「血の雨を降らせる」とまで言った者どもだ。

磐音は走る!
白鶴を守るため。
その吉原乗込みを守るため。


それは一陣の風のような一撃。
狼藉者たちはあっという間に道に転がされ、得たりと声を張り上げる彦屋の主人によって白鶴乗込みの「出し物」にされていた。


振り返った磐音の目と白鶴の目が合う。

あの夜分かたれた二人の運命が、これほどまでにすれ違うと誰が想像しただろう。

時が止まればいいと思ったのだろうか。
二人は何を思ったのだろう。
磐音の目はひたと奈緒の顔に向けられ動かず。

驚きに目を瞠っていた、その懐かしげに細められる瞳。
揺れる胸の内を表わしてうつむく白鶴。
だが、やがておもてを上げ花魁として吉原に向かう白鶴は一度として振り向くことはなく。


通り過ぎる行列を横目に、磐音は目を伏せひとつふたつまばたきをして。
白鶴を目で追う人々の中、ひとり背を向けゆっくりと歩き出す…



雪が降る。
傘を手におこんは待っている。

橋の向こうから歩いてくる磐音はいつもと変わらない。
おこんは黙ってそばに走り寄り傘を差し掛けていた。

「すべて終わりました」
「はい」

磐音の静かな目の中にあるもの…
おこんは知っている。
そして、微笑んでみせるのだ。




関前藩の参勤交代にかかる費用二千五百両を今津屋は用立ててくれることになった。
質草として今津屋吉右衛門が望んだもの。
それは坂崎磐音その人だという。
借財を返せない場合は今津屋で磐音を貰い受けるということだ。

関前藩主福坂実高はその申し出に目を白黒させるものの、断るわけにもいかず、納得がいかないまま。
しかし金子はどうしても必要なのだ。
だがこれで、関前藩の未来にかすかな光が灯った。



時雨不動で拾った折鶴を磐音は川にそっと流していた。
夕暮れの陽を受け煌く水面。
白い鶴はゆっくりと流れ下っていく。





10話。
知っていたこと、分かっていたことだけど…
辛すぎる展開でした。

文字で読むより映像で見ると余計に切ないこともあるんですね。
それもこれも山本磐音のあの眼差しのせいです。

なんていう目。
あの目には磐音の心が確かに宿っているとそう感じました。

悔しさ。
奈緒を置いてきたことへの後悔。
理不尽な運命をどうすることも出来ない苦しみ。
救えない自分への怒り。
奈緒への、何故だという憤りもあったのでしょうか。

全ての想いを瞼に隠して、磐音は背を向ける。
その背が言葉にならない心を表わしているように見えました。
虚ろで、哀しい後姿でした。

涙目のおこんちゃん同様、見ていられなかったです。



でも、磐音には黙ってそばにいてくれる人がいました。

辛い胸の内を知っていてくれる誰かがいるだけで、人とは慰められるもの。
そこには言葉なんて要らないんですね。





さて、来週はとうとう最終回。
早いです!!

こんなにいいドラマが終わるなんてもったいない。
キャスト、演技、そして、細部に渡るスタッフさんの細やかな努力にも頭が下がる思いです。
NHKさんに是非とも続編を作って頂きたいです。

そういえば、DVDの発売が決定しましたね♪
まぁ、私に言わせれば当然かな、なんて(^_^;)
贅沢を言わせて貰えれば、特典に未放送の映像などなど付けて頂ければとっても嬉しいところです。


来週は私の大好きなエピソード。
大山詣です。
白衣で険しい山道を駆け抜ける磐音さま。
滝に打たれる磐音さま。
闇夜の山中で刺客と繰り広げる闘い。
そして、お艶さんを背負って登る大山への道。
予告では、頭上からの斬新なアングルもありましたね!
「陽炎の辻」は美しい映像がたくさん。

心に残る素晴らしい最終回を楽しみに待っています。
[PR]

by aquadrops | 2007-10-08 16:34 | TV

この世の中 どこでどう生きようと苦界でございます

人々は寒風に肩を竦めて忙しげに町を行き交う。
師走の江戸。
町はどことなく落ち着かない風情が漂っている。


金兵衛長屋では、大家のかけ取りと長屋中の大掃除の真っ最中。
襷がけの住人たちが総出でわいわいとにぎやかだ。

幸吉とおそめが無人の部屋を覗き込んでいるのへ、「帰ってこねぇよ!」とぶっきらぼうに言う磯次。
磐音が江戸を発ってから季節は巡り、新しい年を迎えようとしている。
暗い戸口をぼんやりと見つめる目。
口では何を言おうとも、だれもがその部屋の主の帰りを待っているのだ。



陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~

第九話 『夢まぼろし』




両国橋上で手を合わせるおこん。
その後ろを菅笠を被った浪人が通り掛かった時、橋を乱暴に大八車が走り抜けようとした。

「平気でござるか」
おこんを庇ったのは…たった今無事を祈っていた人物、磐音だ。

「ただいま戻りました、おこんさん」
どこかで見た光景…

青い空の下、微笑むおこんの笑顔が眩しい。



今津屋の店先で早速押し込みを叩きのめした磐音は奥座敷にいる。
心配してくれていた人々に今までの報告をするためだ。



関前を出て、身売りした奈緒を探し旅に出た磐音は、長崎、小倉、京、金沢と都を転々と追い続け、この江戸へ戻ってきていた。
半年もの旅の間、一度も会う事が出来ずすれ違った末、口伝に奈緒が江戸に売られたと聞いたためだった。

関前を出た時百両だった奈緒の値は、江戸に辿り着いた時点で千両に跳ね上っていた。
江戸の遊郭、吉原。
それは、厳しいしきたりに守られた廓だ。



静かな朝の刻限、友の位牌に手を合わせる磐音。
その手にはひとさしの扇がある。

奈緒が自ら書いたという絵と詩。
「風に問ふ わが夫はいずこ 実南天」
淋しげに佇む奈緒が扇の中にいた。
磐音は奈緒を救ってみせると友に誓う。


そこへやってきたのは金兵衛と長屋の住人たち。
「帰ってきたのかい?」
幸吉とおそめの弾ける笑顔。
それは辛い旅に疲れた心に染み入るなによりのもの。

磐音には帰ってくる居場所がここにある。


翌日、鰻割きの仕事に出、南町奉行所与力の歓迎を地蔵湯で受ける。
笹塚の顔出しには磐音に対する仕事の依頼もあった。
「それがし、南町の同心ではございませんぞ」
苦笑する磐音に笹塚は取引を持ちかける。

笹塚の話によると、江戸に二月前から多額の金子を強奪する押し込みが現れているという。
情け容赦のない遣り口で、あっという間に仕事を終えるらしい。
居合いを使う若い男。
風に乗っていい匂いがしたとの妙な話もある。

磐音は、奈緒の吉原での消息と引き換えに町奉行所の仕事を引き受けることになった。


吉原は町奉行所の管轄下に置かれているらしい。
その吉原の全てを支配しているのが「吉原会所」
会所の長、四郎兵衛に磐音は奈緒の消息を尋ねる。

会所にはまだ奈緒の話は伝わっていなかったが、四郎兵衛は協力を約束してくれた。
頭を下げる磐音に、ひとつだけ聞かせてくれと四郎兵衛は言う。
奈緒を見付けたのち、どうしたいのだと。

「なんとしても金子を作り、奈緒を救いたいと思うております」
「千両の金子を?」
「……はい」

途方もない大金と奈緒を救いたいという願い。
どちらも、今の磐音に叶えられるかどうかわからないもの。
しかし、望まなければ現実は何も変わらないのだ。




小雨の中、由蔵の供をして出掛けた道。
ふと違和感を感じた磐音は立ち止まる。

すぐ近くで騒ぎも起きているようだ。
駆けつけた大店で押し込みの直後と思われる現場を目の当たりにする二人。

そして蘇る記憶。
たった今、雨垂れの中すれ違った異質な気配。
殺伐とした気と、血の匂いだ。



四郎兵衛から奈緒の消息を聞かされた磐音は喜びを隠せない。
しかし江戸で奈緒に支払われた金子はなんと千二百両もの大金だった。

四郎兵衛は言う。
「あなたのお役に立ちたいのですが、年寄りの役目はここまでが精一杯」
「かたじけない」
磐音はただ頭を下げるしかない。




磐音が見た川﨑屋の押し込みを含め、今までに奪われたのは六百両もの大金だった。
探索の結果、吉原の香実楼、秋葉太夫の元に通っている浪人の風体が押し込みと似ていると知れる。
一匹狼の押し込みは、香実楼の秋葉の元へ通う為に非道な行いを繰り返しているようだ。
「この里では、どんな金でも黄金色なら通用いたします」と言い切る秋葉太夫。
けれど、その黄金は血の色に染まり、殺された者たちの恨みをのんで輝いている。



今津屋の一室では柳次郎とおこんが磐音に詰め寄っていた。
奈緒の身請けの額が跳ね上がったことへの驚きと、一見平静を保っている磐音が、お披露目の日を目前に控えている奈緒を助けるため行動を起こそうとしない事をなじる二人。

「どうして手に手を取って逃げないの?」
「無理を言わないでください」

奈緒には千二百両もの大金が支払われている。
吉原。
それは、甘く煌びやかな表の顔と厳しく残酷でそこへ入り込んだ者の魂を縛る裏の顔を持つ里。一度足を踏み入れた遊女に自由は許されない。

早くなんとかしなければ、もう手の届かない所へ奈緒は行ってしまうのだ。
普段は明るく朗らかな柳次郎が拳を握り締め、怒りをあらわにしたのも無理はなかった。
「品川さんを怒らせてしまいました」
哀しげに口元だけで微笑む磐音の本当の思い。
それ以上何も言えず目に涙を溜めているおこんにも、そして柳次郎にも、磐音の辛さはきっとわかっているのだろう。



赤い提灯。三味線の音。
白粉の匂い。

女たちの嬌声とそぞろ歩く男たち。
吉原の夜はまだまだこれから活気付いてゆくのだろう。

そこへ連日通う磐音の目にはいつまでも馴染まないものばかりだ。
追い求めてきた奈緒の面影とも重なることはない。

ここで奈緒が暮らす…
磐音にとって耐え難い現実。

生き抜くために苦しい日常を一時忘れたい人々が行き交う里。
女たちは華を夢を売り、嘘と知りながらそれに酔う男たちがいる。
「刹那の楽しみは全て夢まぼろしなのでございますがね」

四郎兵衛の言葉に奈緒を思い答える磐音。
「しかし女たちにとってここはやはり苦界」

「この世の中、どこでどう生きようと苦界でございます。 おわかりでしょう」

喧騒に紛れひとり立ちつくす磐音。
天を仰ぎ目を閉じる。
降りかかる氷雨に洗い流してもらいたかったもの…




三日後、小雪がちらつく吉原の里。
磐音は押し込み田野倉源八を香実楼で待ち受けている。

必ず来るとの約束を守り姿を現した田野倉は、待ち受けていた会所の者たちに囲まれた挙句面番所の同心を斬り、通い詰めたはずの秋葉太夫を人質にとって狂気の目を磐音に向けてくる。
幾人もの命を金の為に奪った居合いの名手は、もう既に剣に生きる者の矜持を見失っているのか。

降りしきる雪が風に舞う。
腰を沈め、勝負の間合いを一気に詰めた居合いと居眠り剣法が真っ向からぶつかり合う!

天が選んだのは…磐音。
罪なき者の血糊に曇った刀では真実は見えないのかもしれない。



江戸の町を騒がすひとつの事件は終わった。

磐音は吉原会所の四郎兵衛から用心棒代として礼金を受け取る。
師走だというのに米味噌の払いも滞っているという磐音の浮世離れした長閑さ。
「可笑しなお侍ですな、あなたは」
楽しげに笑う四郎兵衛の目は磐音をあたたかく見つめている。



もう一人磐音のことを心から思ってくれる人物が両替商にはいる。
今津屋の吉右衛門が奈緒の身請け金を都合してくれると申し出てきた。
だが、磐音には借りても返すあてなどないのだ。



吉原、彦屋の一室。
磐音がくれた簪を見つめる奈緒が鏡の前でひとり。

磐音もひとり。
心を静めるように目を閉じ縁側に座している。


もうじき夜が明ける。





さて、9話「夢まぼろし」 です。

吉原のくすんだような艶やかな通り。
偽りの華やかさ。
でも、生きるため遊女は必死で美しさを競うんですね。


雨を受けながら立つ磐音の姿は一枚の絵のようでした。
「水も滴るいい男」とよく言いますけど、山本磐音には雨も雪も似合いますね。

そして耕史くんの殺陣に益々磨きがかかってきたように思います。
磐音の居眠り剣法は今まで見てきた殺陣とは全く違う異質な魅力がありますけど、戦い方に説得力のようなものを感じます。
[PR]

by aquadrops | 2007-10-08 16:28 | TV

勝ち戦の船に乗り換えただけでござる

中空を舞う鳶の澄んだ声が聞こえる。
豊後関前、白鶴城を遠く眼下に見おろす峠の一本道。

坂崎磐音はとうとう目指す故郷の地に帰ってきた。

一年前、親友河出慎之輔、小林琴平とともに藩政改革の志を胸に江戸勤番から戻り希望に満ちて臨んだ、同じ景色。

今、藩の内部は乱れ中老である父の命さえ危機に晒されている。
江戸から東海道を経て陸路を走破してきた磐音の顔には旅塵がこびり付き急ぎ旅を思わせたが、逸る心に突き動かされ、その足は留まることを知らないようだ。
「琴平、慎之輔、帰ってきたぞ」
「おぬしらの無念、必ず晴らしてみせる」


陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~
第八話 『対決の晩夏』




菅笠を深く被り早足の磐音が潜ったのは静謐な趣を漂わす寺の門。
母、坂崎照埜の菩提寺だ。

門前で箒を手にしていた和尚とにこやかに挨拶を交わす磐音。

「相も変わらぬ磐音殿であるなぁ、食う時は一心不乱。それでよい」
空腹とともに急ぎ旅の疲れを癒してくれるような和尚の穏やかな笑顔。
顔なじみの願龍和尚は、磐音の立場や坂崎家の現在置かれている苦境を察し、案じていてくれたのだろうか。


夕陽が障子を金色に染め抜き、静まり返った部屋に降り注いでいる。
ひとり、寺の一室で刀を抱え瞑想する磐音の元へ、直目付の中居半蔵がやって来た。

磐音の帰国を喜ぶ中居から、暗殺の手が磐音の父の友人にまで及んだ事が知らされ、中居の帰国も国家老の疑念を呼び、直々に詰問を受けたという。

中居半蔵は、一年前の磐音ら三人の刃傷沙汰をもう一度調べよとの主の命を国家老に告げていた。
藩主の命である以上、国家老といえども逆らうことは出来ない。
腹に一物抱える身であれば必ず動きを見せるだろうと、大胆にも正面切って脅しをかけたのだ。
藩の要職にある者達の動きを監視する直目付だからこそ出来ることなのだろう。

宍戸文六は、磐音の父坂崎正睦が西国屋次太夫から賄賂を受け取っていたという、とんでもない濡れ衣まで着せるつもりのようだ。
静かな怒りを秘め唇を歪める中居に対して磐音は言う。
「ご家老は父が怖いのです。隠された借財が明るみになり父の戒めを受けるのを怖れておいでなのでしょう」

しかし、常に冷静な磐音の心を打ち砕く事実。
許婚奈緒の近況だ。
「関前を出られた」
「遊女に身売りされたようだ」と。

驚きの余り言葉を失う磐音に、半蔵は非情な命令を下す。
「坂崎、心して聞け。不正の証拠を手に入れ、宍戸文六を一気に追い込む。それまでは酷なようだが奈緒殿のことは忘れよ」


夜半の竹林。
一人なんども剣を抜き打つ侍がいる。
慟哭する心をも切り捨てるかのような切っ先。

奈緒を忘れることなど出来ない。
藩の危機を見捨てることも出来ない。

夜の空気を切り裂いて一心に刀を振るう磐音の上には、ただ月明かりと夏枯れの笹の葉が静かに降り注いでいるばかりだ。



撫子の花が雨に打たれながら健気に天を向いている。
江戸は雨、今津屋の縁側にはぼんやりと空を見詰めるおこんがいた。
心ここにあらずのその姿を見かねて、お艶は雨上がりの里帰りを勧めてくれる。

金兵衛長屋では晴れ間を待ち兼ねたような住人たちが、井戸端に集まり賑やかだ。
留守宅に風を入れていたおこんは、磐音の着流しをそっと手に取り見詰めている。
深川小町の目に浮かぶのは…遠く離れた地にいる想い人の姿なのだろうか。




西国屋を関前藩士別府伝之丈とともに見張る磐音。
通いの番頭が一軒の町屋に消えた。

後をつけた二人は西国屋の主、次太夫の存在を確信する。

まだ真剣で戦ったことがないと言う若い伝之丈。
「こわいか」
「こわいです」
「それでよい」
「勝負に臨む者全てが胸に恐れと不安を抱いておる」

二人だけで踏み込んだ磐音たちは、宍戸派が雇った用心棒を叩きのめし西国屋次太夫を捕らえることが出来た。

宍戸文六は改革派の動きを知り、西国屋を由布院に逃がそうとしていた。
間一髪。
磐音たちの動きに国家老は明日にも坂崎正睦を城に呼び出して強引に切腹させる心積もりのようだ。
事は急を要していた。



坂崎家では明日の登城を前に遺言状を認めている正睦のところへやってきた者がいる。
「磐音でございます」
「入れ」

一年ぶりの父子の対面。
静かに座した父の前に両手をつき、磐音はこれまでの仔細を語った。

関前藩には一万六千五百両の隠された借財があること。
江戸家老の名で金を借りたのは宍戸派の原伊右衛門であること。
上野伊織が不正の証拠を掴もうとして命を奪われたこと。
この度、中居半蔵とともに家老一派の不正を正す為戻ったこと。

「そなたはこの坂崎家や関前を見捨てたのではなかったのだな」
父の言葉には息子への様々な思いが滲んでいるようだ。
「お許しください父上」
「何を申す。苦労をかけたのう」

と、襖の向こうですすり泣く声。
母の涙と妹の縋る目に、磐音は父を助け不正を暴くことを約束して懐かしい家を後にする。


裃姿の家老たちが顔を揃えた大書院で中老坂崎正睦の詮議が始まった。
堂々と反論する正睦を力でねじ伏せよるように怒鳴りつける国家老宍戸文六。
その言い草は自分の罪を他人に被せ、権力の名のもとに無法な裁きを下そうとするものだ。

それを遮ったのは静かに目を閉じていた中居半蔵だった。
「笑止千万!」
今津屋から渡された藤屋の証文の写しと添え書きを見せ、厳しく問い質す。

表で争う物音。現れた磐音。
連れて来られたのは西国屋次太夫だ。
「宴席に酒肴を持参致しました。ご賞味くださりませ。」

刃傷沙汰と不正な借財その全てが国家老宍戸文六の指示であったこと。
西国屋次太夫は居並ぶ藩の家老たちに向かってはっきりと告げたのだった。



「静まれ!」
「下がりおろう!上意である!」
見苦しくも中居や磐音たちを「狼藉者」として反逆に転じようとした宍戸文六だが、藩主の命の前には膝を屈するしかなかった。

宍戸親子に謹慎が申し付けられた。おって厳しい沙汰が下されるだろう。
これで宍戸派は瓦解し、関前の澱みが取り除かれるに違いない。
藩の命運と父の命を救う事が出来た磐音は、父を輿に乗せゆっくりと家へ向かう。

だが、その前に立ち塞がった者がいる。
宍戸文六の嫡男秀明とその用心棒だ。

照り映える夕陽が辺りを赤く染める辻。
偉丈夫の剣客大堅物と対峙する磐音。

頭一つ分高い位置から振り下ろされる重い刃と力任せの大立ち回りに振り回され苦戦するものの一瞬の隙を突き討ち果たす。


父の労わる声に磐音の険しい顔がほんの少しやわらぐのだった。



「関前から遠い地に参ること」
それが遊女として売られていく奈緒がただ一つ望んだことだった。

「身は遠く見知らぬ地にあろうとも心はひとつにございます」
哀しい言葉が最後の手紙には記されていた。


江戸、磐音と出会った両国橋で手を合わせ祈るおこん。


一方磐音は奈緒を追って旅に出る。




八話、やっと関前の陰謀にカタがつきました!!
宍戸さまの悪っぷり、素晴らしかったですねぇ☆☆
「さいごくや~!」とか「狼藉者じゃ出あえいっ!!」とか♪
これぞ悪役!!という感じで良かったです。

そして殺陣師の竹田先生登場です!
流石、いつもの殺陣よりかなりスピードがあるしスレスレの所を刀が通っています。
ちょっと棒読みの台詞もご愛嬌。
目がクリクリでかわいいですよ~

お寺で刀を抱え一人瞑想する磐音が人の気配にさっと刀を構えるところ、ちょっとスロー再生してみたり(^_^;)

大堅物を倒して「お見事!」なんて言ってる抜け作を「たわけ!」と叱り飛ばす磐音さまもGOODでした!

しかし一番私の目に焼きついたのは、奈緒の事を中居様から知らされた時の磐音の表情です。
目を見張り、ゆれる眼差し、伏せる視線。
慟哭を飲み込むように喉が何度も動いていました。
叫びたい心を必死で押さえつけているようでしたね。


第九話は久しぶりに着流し姿に戻りましたが、奈緒さまを追い諸国を旅するエピソードはあまり描かれずちょっぴり淋しいです。
[PR]

by aquadrops | 2007-10-03 17:31 | TV

拙者、鬼になり申す

からりと晴れた碧い空に入道雲が立ち昇っている。
今朝の金兵衛長屋は大家が冷や水を振る舞い、賑やかな笑い声に包まれている。

磐音に好意を持っているおきねが矢場の用心棒を頼んできた。
姉思いの幸吉が話を持ち掛けてくれたお陰だ。
磐音は気付いているのかいないのか、いつもと変わらない穏やかな笑顔を残して今津屋へ出掛けていく。



陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~
第七話『指切り』




今津屋の口添えにより両替商藤屋を訪ねた磐音は、五千両もの不正な借財をなした人物、関前潘留守居役原伊右衛門の名を知ることが出来た。
藤屋の番頭九兵衛によると、江戸家老篠原三左の病気にかこつけて返済を遅らせ藤屋を困惑させているという。
「ご迷惑をおかけしており申す」
自分の非であるように頭を下げる磐音。
その真摯な姿を由蔵はじっと見詰めている。

関前の困窮は変わらないが、求める真実へ一歩近付いた。
「関前にお戻りなされませ。その中で腕を振るわれるとよい」
帰路、諭すように言う由蔵のあたたかい言葉。

磐音の心は揺れている。
関前を離れた自分に出来ることとは一体何だろうと…




おきねの仕事場、矢場の金的銀的は今日も賑わっているようだ。
矢返しの女たちにとって、どんな客にも愛想を振り撒かなくてはならない。
仕事とはそういうものだ。
そんなおきねの気持ちを察して微笑む磐音。
おきねは嬉しそうだ。


金的銀的の主朝次は、近頃出没する矢場荒らし三人組について、磐音に事情を説明していた。

隠居風の男を筆頭に若侍と若い女の三人組が賭け矢を挑み、荒稼ぎをしているという。
矢を射る女の腕前は相当なものらしい。
結改(賭け矢)での賭け金は五十両、浅草あたりの矢場はこの者たちによって何軒も潰されているのだとか。
この東広小路に足をのばしてきた時が磐音の仕事ということになる。


磐音が用心棒として詰めるようになって間もなく、金的銀的の様子を窺っている一人の女。
矢場荒らし三人組の一人、おかるだ。

すいとその場を離れたおかるは、煌めく水面に小船を出し匂い立つような白装束で水垢離を始めた。
何かが狂っているような、どこかに違和感を帯びた異形な艶を放つ姿。



夜更け、長屋に戻った磐音とおきねを磯次が待っていた。
おきねの気持ちを察している磯次は磐音に頭を下げる。
「よろしく頼むわ」
娘を案じる父の顔。
普段はどんなに乱暴な口を利いていても、娘を心配しない親はいない。

「お任せあれ」
頷く磐音の目は、父と娘の普段は見せないお互いへの気遣いに微笑んでいる。




関前に戻るという中居半蔵は、江戸入りしたばかりの主に藩の逼迫した状況を知らせていた。
藩主福坂実高は、急ぎ国許へ戻り国家老宍戸文六の不正を正すべしとの命を中居に与えていたのだ。

そして磐音の父、坂崎正睦の手紙には、磐音たちの悲劇が仕組まれたものであったという疑惑への苦い思いが綴られ「人間我慢辛抱が肝要、いつか必ず」とあった。
それは関前藩の中老としてではなく、ひとりの父としての言葉なのだった。

このまま宍戸派に牛耳られていては、関前藩の未来は混迷の一途を辿るばかり。
藩の行く末を、父の身の上を思い、悩む磐音に中居は告げる。
「国元へ共に参らんか」
友の無念を晴らしたくはないかと。

藩を出た浪々の身ゆえ即答出来ない磐音だが、藩主自ら許しを与えたのだと中居は告げるのだった。




東広小路の矢場、金的銀的。
磐音は店が見渡せる所に控え様子を見守っている。
おきねを指名した客はなんと品川柳次郎だ。
ちょくちょく顔を見せているらしい。
柳次郎のお目当てがおきねだと知っている女たちにからかわれて焦る柳次郎。
磐音の仕事が矢場の用心棒と聞いて目を丸くしている。


そこへ新たな客が入ってきた。
明るい矢場の雰囲気が一瞬にして張り詰めたものに変わる。
矢場荒らしと目される三人組が現れたのだ。

若侍、隠居風の年寄り、小粋ななりをした若い女、おかるだ。


主を呼び出した三人組は、双方五十両ずつ百両総取りの勝負を挑んできた。
断れば、矢場の名折れ。
看板を持ち去ると脅され、勝負を受けるしかない朝次。

「さぁ、誰が相手だい?」
自信たっぷりに弓を試しているおかるの様子に、矢返しの女たちは震えている。
客に愛想をふりまくのも矢場で矢を射るのも家族のため、平和な暮らしのため。
化粧をして気丈に振舞っていてもごく普通の娘たち。
賭け金が高すぎるのだ。

「親方、私がやります」
そんな中で声を上げた者がいる。
おきねだ。
おきねは、大きな瞳に覚悟を秘めて唇を引き結んでいた。


勝負は20本ずつ200本、交互に矢を射る。
1本でも多く的に命中させた者が勝ちとなる。

片膝を立て流れるような仕草で矢を射るおかるはかなりの名手のようだが、おきねもバラつきはあるもののよく集中し命中させていた。
ほぼ、互角の腕…と見えたが。


勝負に動きが出た。
それぞれ100本目に入った頃、全く乱れないおかるに対し、おきねの精神力が途切れ2本外してしまったのだ。

「ここにてしばらく休息をとりやす」
親方の言葉に悠然と茶を飲むおかる。


矢場を出ると、いつの間にか日は落ち月明かりに波が煌いている。
川のほとりにひっそりと佇むおきねの名を磐音が優しく呼ぶ。
振り向いたおきねの大きな瞳が今にも泣き出しそうだ。
「もう射てない」

大金を失う恐れに「怖い」と縋るおきねを磐音は励ます。
「自分を信じるのです。」
「諦めたらそこで仕舞いとなります」

どんな相手でも全力でぶつかれば活路は開ける。逃げてはいけないと、おきねの目をひたと見詰め明るく言い聞かせる磐音。

しばらく目を伏せ逡巡したおきねは、自分を奮い立たせるように頬を叩き、もう一度勝負に臨む決意をして店に戻っていった。

磐音の言葉をそばで静かに聞いていた柳次郎を振り向き、「しばらくここを頼む」と磐音は突然走り出す。
飛び込んだのは今津屋だった。
吉右衛門に手をついて、何かを願う磐音。
おこんもそれに倣い、二人で頭を下げるのだった。


金的銀的では、結改の勝負がついていた。
2本の差は縮まらずおかるの勝ちとなり、矢場荒らしたちの二百両総取りとなってしまった。


意気揚々と両国橋を渡る三人をおきねが必死で追ってくる。
「お金を返してください!そのかわりにあたしを吉原にでも何でも売って下さい!」
おきねの覚悟を鼻で笑い邪険に突き放す男。
後から追ってきた朝次がおきねを止める。
「もういいのだ」と。


その時、月明かりを背に一人の侍が現れた。
「てめぇはなんだ」
「それがし、東広小路の矢場13軒の用心棒でな。おきねさんを苦界に沈ませるわけには参らぬ」
穏やかな笑顔でそう言った磐音は、小判五十両を手に剣の勝負を誘いかける。
「三人にても構わぬがいかがかな?」

静かに橋の中央に立つその姿には殺気の欠片もなく、爽やかでのどかな風情さえ漂っている。
ゆったりと刀を抜くと、上段からいつもの居眠り剣法の構えを取る磐音。

矢場荒らしの若侍は居合いを得意としているのか、磐音に目を合わせたまま、こちらもゆっくりと刀に手をかけぴたりと静止する。

駆けつけて来たおこんも見守る中、あたりは薄い靄に包まれ、月光が密やかに射し込むばかり…

無音の中、若侍の袴を風が揺らした瞬間、居あい抜きの剣が磐音に襲い掛かる!
磐音は相手の刀を掬うように払い上げ、切っ先を叩き折っていた。
一瞬で決まった勝負。

喉元に差し当てられた磐音の包平に身動きもならない男。
「戦場なら既に死んでおる」
磐音の厳しい顔にがっくりとうなだれている。
「この礼は必ずさせてもらう」との捨て台詞を残して去る矢場荒らしたち。


緊張の糸が切れて泣き崩れるおきねを柳次郎に託し、おこんとともに今津屋に取って返す磐音だった。
磐音が刀勝負に使った五十両は今津屋から借り受けたもの。
おきねが万が一負けた時、剣の勝負で取り返すつもりだったのだ。



矢場荒らしの一件も解決し関前に戻るという磐音に、おこんの心は切ない。「このまま奈緒さまを放っておかれる坂崎さんは私は嫌です!」
そうは言ったものの本心は淋しいに違いない。

磐音の気持ちと奈緒を思い、「どんなひとなんだろう。綺麗な人なんだろうな」と呟くおこんをお艶はあたたかく励ます。
「あなたも綺麗ですよ」


今津屋の由蔵からは、藤屋から借りた関前藩の五千両の証文写しと添え書きを餞別だと渡される。
事が成就すれば藩への帰参も許されるだろうと言う由蔵を遮り磐音は「必ず江戸へ戻って参ります」と二人に告げるのだった。



まだ夜も明け切らない早朝、井戸端で磐音に礼を言うおきね。
「でも、最初から負けると思ってたんでしょ?」
ちょっと甘えるような言葉。
おきねは「今度の休みに付き合って」と。
礼をしたいからと磐音に頼んでいた。

磐音にはやらなければならない事が待ち構えている。

関前に一度戻るという磐音に驚くおきね。

「必ず戻ってきます」
「ほんとに本当に帰ってくる?」
「じゃ、約束して」
「必ず」

磐音の手をそっと取りおきねは小指を絡めて歌う。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」
おきねの顔はまるで少女のままの無邪気さ。
この笑顔が歳相応の素顔のおきねなのかもしれない。

しかし磐音の笑顔はふと貼りついたように静止する。
耳に聞こえてくる波の音。
奈緒と関前で交わした約束の情景が磐音の目に浮かんだのだ。

江戸へ発つ前、必ず戻ると。
待っていてくれと涙顔の奈緒と指切りをした海だ。

はにかむおきねの笑顔に重なる淋しげな奈緒の泣き顔。
「指切った」
磐音の心は遠く関前へと飛んでいたのかもしれない。



朝の日差しが差し込む戸口で磐音は金兵衛と話している。
淋しくなるなと肩を落とす金兵衛。
「二月もすれば戻ります」約束する磐音。

そこへ、松吉の叫び声が聞こえる。
「おきねが殺された!」と。



おきねの亡骸を前に泣き崩れる磯次と幸吉。
長屋の者はみんな、朝次もそして地蔵の親分もおこんも傍にいてただ泣くしかない。
なぜこんなことに…
誰の胸にもその思いが渦巻いて声をあげさせていた。

地蔵の親分によると、矢場へ向かう途中三人組に襲われたというのだ。
前後からいきなり斬り付けられあっという間に命を奪われたのだと。

磐音の胸倉を掴み「任せろって言ったじゃねぇかよ!!」怒りと悲しみに繰れる磯次。
磐音は、されるがままになりながら、ただじっとおきねの顔を見詰め歯を食い縛っていた。

今もおきねの声が耳に残っている。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」



笹塚の元を訪れた磐音は、矢場荒らしの情報を掴んでいながら野放しにしていたと怒りを露にし、笹塚を睨み据えて言い放つ。
「それがし、鬼になり申す」

西本願寺をねぐらにしているという情報に、矢場荒らしの仲間割れで殺されたとなると構わぬと、仇討ちを焚き付ける笹塚。

「あいわかった」
刀を手に立ち上がった磐音の元へ柳次郎も駈け付けて二人は走り出す。
夜の闇を敵の元へ!

寺の境内で火を熾し休んでいる矢場荒らし三人組。

その前に現れたのは、もはや居眠り磐音ではなく。
怒りに狂った男。
「おぬしらだけは許さん!」

叫び声を上げて殺到する死の刃は、一撃で三人の命を奪ったのだった。

息を弾ませその場に立ち竦んだままの磐音を見て、笹塚は囁くように竹蔵に言う。
「居眠り剣法を怒らせると怖いのう」
したたかな与力は矢場荒らしたちが稼いだ金を奉行所の探索費用に組み入れる心積もりだ。


抜き身を鞘におさめることも忘れ呆然と立つ磐音の目には、松吉が矢場荒らしを足蹴にする姿と悲痛に叫ぶ柳次郎がただ映っている。
そこには既に怒りの色もなく、涙がにじむ目を上げた夜空に、星がひとつ流れ落ちていった。




翌朝早く、長屋には旅支度を整え三柱の位牌の前で手を合わせる磐音がいる。
そこへやってきたおこんは、おきねの仇を討ってくれたことへ涙ながらに礼を言うのだった。

仇を討ってもおきねは帰らない。
後悔と悲しみ。
磐音の心が晴れるのはいつなのだろう。
しかも、これから向かう故郷には大きな苦難が待ち受けているのだ。


戸口を開けると、幸吉が叫ぶ。
「浪人さんも行っちまうのかよ!」
磐音は、微笑んで。
「必ず、必ず戻ってきます、師匠」
と約束した。

「ほんとよ、ほんとに帰ってきてね」
「約束したんだろ、おきねとよ」
「鰻割きの仕事ちゃんと空けておきますよ」
「あたいが生きている間に戻ってきておくれよ」

長屋の人々のあたたかい心に磐音はいつもの笑顔を取り戻し
「はい」とはっきり答えるのだった。


幸吉の叫ぶ声とおこんの涙顔。
磐音には、帰ってくる場所がここにある。


江戸を後にし、一路豊後関前の故郷へ。

藩主実高と、父正睦。そして奈緒。
大切な人々が待つ地を目指し、急ぐ磐音だった。





はい。
また長くなってしまいました(^_^;)
居眠り磐音はエピソードがたくさんあり過ぎて、しかもどれも大切なものですから纏めるのは難しいですねぇ。
佐伯先生の頭の中はどうなっているんでしょ☆

やはり旅をして、その土地の空気を感じ取っていないと本当の文章は書けないものなんでしょうね。

今、原作の17巻目に入りました。
面白くて止められない…毎日寝不足です。
関西はまだ昼間は暑いので夏バテの身体に寝不足は堪えます~
もはや、居眠り磐音中毒といったところでしょうか(@_@;)

7話。
おきねちゃんの悲劇はわかっていたことだけど、幸吉くんのお姉さんという設定がドラマを益々辛くしていました。
磐音にとっても長屋暮らしで何かと助けてくれていたおきねちゃんへの思いは深いものがあったと思います。

普段穏やかな人が怒ると、もの凄く怖いもの。
居眠り磐音を怒らせると本当に大変です。


橋の上での立ち合い。
光を背負って現れた姿が印象的でしたね。
おもわず「来た~!!」と叫んだ私。

そして今回も光の扱いが粋です。
小船で中居さまと話す時のゆらゆらと揺れる光や、 屋内と外の空気の密度の違い、季節と時を感じさせてくれる光の色合いにいつも綺麗だなぁと感心しています。

おかるさんも妖しい美しさが良かったですね。
とっても色っぽかったです。
対するおきねちゃんの純粋さが際立って見えました。

そしてやはり磐音さまです。
目の色で全てを語るって…

おきねちゃんとの指切りのシーン。
笑顔だった磐音の顔がほんの少し目を見張るだけ、口元を下げるだけ、そのちいさな表情の変化だけでなんて多くのことを語るのだろう!とびっくりしてしまいました。
[PR]

by aquadrops | 2007-09-26 15:16 | TV