愚かで美しいきみ。

開演間近、ドクドクと音を立てる心臓を宥めながら周囲を見回してみる。

陽炎の辻の影響だろう。
初老のご夫婦や白髪交じりのご婦人が目につく。
間違いなく、年齢層が以前よりも上がっていると思われる。

私の少し前には、30代になるかならないか位の男性の二人連れ。
サラリーマン風の白いシャツの男性もちらほら。
若い娘さんと50代位のお母さんという組み合わせも。

こうやって客層を見るのは、観劇前の私のちょっとした楽しみでもある。



舞台に目をやると、剥き出しの鉄の階段とバルコニーのような部分が見え、頭上からひと筋の白い光が月光のように射し込んでいる。

客席に流れる陽気な「Stand by me」
ひっそりと静まり返る舞台。
ステージの上だけが、切り取られた別世界。

何が起こるのだろう…



開演。
前嶋さんがピアノの前に座り客席の照明が落ちる。


頭上から巨大な肖像画の額が不気味なオーラを纏いながら降りてくる。
静まり返った舞台の右端、踊り場の袖から現れたドリアン。

銀色の髪。
白い顔。
キラリと煌めくのは…右手に持ったナイフ。

ゆっくりと階段を降り、首をめぐらせながら肖像画の前に立つ。
そろりと手をあてる。まるで愛しげに…
肖像画の周りをぐるりと回る。

ゆっくりと逆手に持ち替えるナイフ。
そして、刃を突き立てる!
何度も何度も。


うなりをあげる重低音。
息苦しいほどの濃密な空気。
遡る時間。















「ドリアン・グレイの肖像」
とてもとても良かったです。

ドリアンが肖像画と相対する時、襲ってくる不協和音。
その度に寒気を感じる私。
圧迫感に心臓がドキドキと音をたてて苦しい。


「神は馬小屋でお生まれになった。だとしたら女神もこういう所に居るのが道理ではないですか?」
そう言ったドリアン。
彼の身勝手な愛着は、ジュリエットの魂とシビルの命を奪い去る。

美しい顔を持つ無知で残酷な情熱家。


ラヴェル。
ヘンリー卿と初めて会った日に、かつての純粋で無垢だったドリアンが楽しげにくちずさんだ曲。
時は過ぎ、罪を重ねるたびに彼はまたこの曲を歌う。
柔らかな声の裏に隠しているのは懺悔?それともただの懐古だったのだろうか。


自らの保身を謀ってアランを罠にかけるドリアン。
無心を装い、真綿で絞めるようにゆっくりとカードを切っていく。
姿勢や口調ががらりと変わる瞬間…
柔らかい物腰でこともなげに行う忌むべき所業。



忘却を買うためにやってきたアヘン窟。
姉の仇と命を狙われ命乞いする無様なドリアン。
「助けてくれ!いやだ、死にたくない…」

ひざまずいていたその顔が助かる術を思い付いた時の…
不意に上げた顔に浮かぶ小さな笑い。
ゾクリとした。



二人もの人間を陥れ殺めた深い罪。
そしてドリアンは肖像画の前でこめかみに銃をあてる。

苦しいのか?
苦しいんだろう?
どれほど保身を図っても、胸が痛まないはずはない。

見詰める私の心が彼にそう問いかける。

カチリ。
小さな音。
たしかに引鉄を引いたのに…

自殺すら許されないのかと、自分を嘲笑うドリアン。
救いの手はなく、見ているのが辛い。



ヘンリー卿に「善人になるのだ」と宣告するも、否定される。
全てを話せば分かってもらえるかもしえない。
でも話すことは出来ない。


憎むべきは…あの肖像画。

彼は過去を、もうひとりの自分を殺す。








終演。


暗転の後にまっすぐな姿勢で現れたのは、銀髪にドリアンの衣装を着た山本耕史くん。

いつもの飾らない笑顔。

その笑顔に私は心底ほっとして、夢から覚めたことを自覚する。


今まで観ていた夢は悪夢だった?
いや、ドリアンは哀しいほど美しかった。

立ち姿も椅子に座る仕草も。

瓶からお酒をグラスに注ぐ。
蓋をしめる。
指輪を嵌め、それを見せる。
本を片手に寄りかかる。
本を閉じる。
引き出しからナイフを取り出す。
そんな仕草まで。

全てが完璧で洗練されていて美しかった。




哀しいほどまっすぐに、ずるくて残酷で痛々しく、そして綺麗だった。
相反するきみ。
魂が安らかであればいいと、センチメンタルな願いを込めて。

ドリアンに関わられたキャスト、スタッフ、全ての方々に。
お疲れさまでした!

また再演があるなら、必ず観に行きます。
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by aquadrops | 2009-10-04 23:55 | Stage